スーツを作りに行った際「強撚糸」「チェンジポケット」「腹グセ」等々、日常生活では聞き慣れない単語を耳にすることになると思います。 そこで、第3回からはオーダースーツを作る際によく出てくる用語について考えます。
ひとくちにオーダースーツ用語といっても範囲が広すぎるので、実際にスーツをオーダーする際の工程別に、「生地」「ディテール」「採寸」の3パートに分け、考えていきたいと思います。
『サラリーマンのためのオーダースーツ講座』一覧
第1回:いま、オーダースーツとテーラーがアツい!
第2回:フル/イージー/パターンオーダーって何?
第3回:おさらい! オーダースーツ用語「生地編」前編【今回】
第4回:おさらい! オーダースーツ用語「生地編」後編
第5回:見た目を左右するオーダースーツ10の「ディテール」
第6回:着用者が注目すべき「サイズ感」7つのポイント
第7回:手縫いと機械縫いの違いとメリデメを考える
第8回:スーツのオーダー、10の失敗から学ぶ)
各項目はそれだけでも一つの記事が書けるほど奥の深い物ですが、今回は数を重視する形で、それぞれに少しずつ言及していきます。
1.着分(現物)とバンチ
パターンオーダーでも、イージーオーダーでも、フルオーダーでも、スーツをオーダーする際は初めに生地を選びます。 スーツ作りの基本は生地選びと言っても過言ではありません。
そして、生地選びには主に2種類の方法あります。 ひとつは店にある現物の生地(または1着分の生地)から選ぶ方法と、もう一つがバンチブックと呼ばれる、生地見本から選ぶ方法で、沢山の種類から自分の好きな生地を選ぶことが出来ます。
バンチのシステムであれば、現物を在庫しにくい、季節外れやあまり売れない生地であっても、生地問屋に在庫さえあれば、いつでも選ぶことが出来ます。 一方、実際にスーツとして仕上がったときをイメージしづらいという大きな弱点があります。
そのため、特にチェックやストライプなどの柄物は、出来るだけ現物の生地から選ぶ方が良いと思います。 出来れば屋外の太陽光の下で、実際に生地を体に当てて、自分の肌色に合うか、スーツのサイズになったときにどんな雰囲気になるかなどを確かめましょう。
2.目付(ウエイト)
スーツ生地を選ぶ際に参考になるのが目付(めつけ、匁付)です。バンチブックや値札などに「320g」や「320g/m」などと記載されています。(現代では230g以下が夏物、260g以上が冬物とされることが多いようです)
生地1メートルあたりの重量を指しており、数値が高いと「重い生地(=冬用)」低いと「軽い生地(=夏用)」などと言います。 傾向として、日本やイギリスは重い物が、イタリアは軽い物が好まれるようですが、近年は番手が細くなっている事も有り、全体的に軽い生地が多くなっています。
3.梳毛と紡毛
梳毛(そもう)と紡毛(ぼうもう)と読みます。 梳毛は梳毛糸(ウーステッドヤーン)から作られた、私たちが普段着ているスーツの生地のことで、紡毛は紡毛糸(ウーレンヤーン)から作られた、フランネルやメルトンといった起毛素材の主にジャケット向けの生地のことです。
ただし、梳毛から作られたフランネルも多く、今ではほぼ「梳毛生地=起毛素材でない生地」、「紡毛生地=起毛素材の生地」といった意味合いに変化しつつあります。
4.番手(スーパー表示)
生地を選ぶ中で「これはスーパー120の良い生地ですよ」などと店員に言われることがあります。何が良いのかよく分からない言い回しですが、補足をすると、「これはスーパー120(という細い原毛を使った)良い生地(なので、軽く、表面が細やかで、光沢が美しい)ですよ」となります。
一時様々なメーカーで表記が乱立(スパーファインウール、ウルトラスーパーファインウールとか……)したものの、現在では国際羊毛機構によって、下記の通り表現が統一されているようです。
スーパー表記と繊維断面の直径
繊度とは繊維断面の直径のことで、「SUPER」の表記が大きくなればなるほど、繊維断面(つまり、糸の細さ)が小さくなるということです。
サラリーマンの通勤に耐えられるのはせいぜい120’Sくらいまでで、それ以上は耐久性が悪くなるうえ、高価かつかなりテラテラするので、業界を選ぶことになります。(若年層が保守的な業界で着用するのには不適と言うことです)
また、番手が細いからと言って必ずしも良い生地であると言うわけでも無いのが難しいところ。 せいぜい、「高級感や軽さをウリにしているんだな」とか「耐久性が悪そうだな」程度にとどめておくと良いと思います。
5.撚り
撚り(より)と読みます。 ウエイトが重い生地でも、強く撚られていれば、夏向けのサラッとした生地に仕上がりますし、軽い生地でも、甘く撚られていればふわっとした仕上がりになります。
出張が多い方などはスーツのシワが気になると思いますが、強く撚られた糸(強撚糸と言います)で織られた生地を使って仕立てると、シワがつきづらく、汗をかいてもサラッとしているのでお薦めです。(但し、デメリットとして擦れに弱くなり、生地がテカりやすくなります)
6.素材
6-1.ウール
スーツといったらウールと言うくらい、スーツとウールは切っても切り離せません。保温性、吸湿性、復元性に優れた素材で、世界各地で生産されています。(スーツ素材として有名なのはオーストラリアとニュージーランドですが、ロシアや中国などでも大量に生産されています)
スーツ用としてはメリノ種が最高品質とされ、「メリノウール」などと表記されたりします。なお、ウール以外の毛を「獣毛」と言い、区別しています。
6-2.カシミア
獣毛のひとつで、インドのカシミール地方のカシミアヤギから取れる毛から織られ、軽くて保温性型か高く、独特のしっとりとした手触りと、絹のような艶が特徴です。 高級なオーバーコート用生地になるほか、スーツ用の生地としては混紡して使われることが多いです。(最近では中国やペルシャでも生産されている模様)
カシミアは擦れに弱いため、サラリーマンの通勤ラッシュにカシミアのオーバーコートは不適でしょう。ウールとの混紡生地で作った冬用のスーツ、インナーのハイゲージニット、マフラー、手袋のライナーとしての利用が、暖かく、おすすめです。
6-3.モヘア
獣毛の一つで、アンゴラヤギから取れる素材です。 絹のような光沢と軽さがあり、強撚して夏用の素材として利用されることが多いです。
ウールと混紡することが多いのですが、モヘアの割合が40%を越えると物によってはかなり光沢が出るため、保守的な業界の方には、それよりもウールの割合が多い生地をお薦めします。 また、ウールと混紡した場合、水による膨張率が異なるため、雨に弱いとされています。
6-4.シルク
蚕の繭から取れる素材です。 シルクが使われるアイテムとしてはネクタイが代表格ですが、ウールに混紡する形で、スーツ素材としても使われます。(また、キュプラと混紡してスーツの裏地として使われることもあり、こちらはとても綺麗で肌触りが抜群に良いです)
近年、ウールリネンシルクや、ウールカシミアシルクなどの三者混という形で、かなり流行しているようです。強い光沢があり吸湿性に優れる一方、擦れに弱いという欠点があります。モヘア同様、混紡率を上げすぎると、水商売のスーツのようになるのでご注意ください。
1回で終わるかと思ったのですが、さすが、生地はスーツ作りの要ですね。
ぜんぜん書き切れません……(^^;
ということで、続きは生地編の後編で考えていきたいと思います。
それにしても、改めて調べてみるとSUPER表記は210’Sが最高だと思っていたのですが、250’Sまで定義されているんですね……。ゼニアの15milmil15がSUPER180’S相当で、これでも相当に薄い生地ですが、250’Sを使った生地なんて、まったく想像できません……。
それでは次回、6.素材の6-5.ポリエステルから続きます。