前回に引き続き、UBSの服装マニュアルを取り上げます。
今回は、興味深い、または私たちの参考になるな、と感じた記載内容をピックアップして、論評します。
当該マニュアルの概要については、前回のエントリーでご紹介していますので、未読の方は先にそちらをご覧下さい。
1.スーツ
このマニュアルは、前半が女性向けで後半が男性向けになっています。
後半の男性向けページは、始めにスーツについて記載されているのですが、怒濤の勢いでスーツの基本について羅列されています。
いくつか抜粋します。
- 立ち、または歩いているときは、一番下のボタンを除いて、全てのボタンをとめること。一番下のボタンは常に外すこと。
- 座っているときは、ジャケットのボタンは全て外すこと。ボタンをしめると窮屈に見えてしまう。
- 肩をピッタリフィットさせること。大きすぎたり小さすぎると、頭との比率で不格好に見える。
- ジャケットはお尻を完全に覆うこと。
- ウェストコート(ベスト)はベルトを覆うこと。
異論があるとすると、4番目(ジャケットは尻を完全に覆うこと)でしょうか。流行によってジャケットの丈は大きく変わり、日本の場合は「尻が半分隠れるくらい」も許容されるように思います。
一方で、欧州における保守的な考え方からすると、完全に覆わなければいけないのでしょう。(本マニュアルが発行された2010年当時は、世界的に見てかなりの短丈が流行していましたが、それでも右記の通り「完全に」と記載されています→ Your jacket must cover your bottom completely.<太字強調は筆者による>)
また、2番目(座っているときはジャケットのボタンを外すこと)は、以前記事でも採り上げましたが(→「ジャケットのボタンは座ったときに外す? G7首脳の写真から読み解けること」)、日本ではそこまで定着していない動作です。
私の場合は、座った際のジャケットのシワを防ぐため、また涼しい時期は三つ揃い(スリーピース)を着ているので、着席時は外すようにしています。
2.シャツ
シャツに関しても沢山の記述がありますが、目にとまったものを抜粋します。
- ジャケットの襟からは1-1.5センチ、袖口からは1.5-2.5センチ見えるようにすること。
- 胸ポケットには何も入れないこと。(名札とボールペン以外)
- 見た目も良く、衛生的で、個人の健康にも役立つので、Tシャツ(下着)の併用を推奨する。ただし、機能的で上着から透けないものを選ぶこと。
1番目(襟、袖口からシャツを覗かせること)については、全くその通りだと思います。一つ気になったのが、原文「as far as possible avoid the “chic féderal“ look.」という記載で、「シックフェデラル(粋な連邦政府職員?)のような格好をできるだけ避けよ」と読めるのですが、フランス語圏の慣用句かなにかでしょうか……ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非教えてください。
2番目(胸ポケットには何も入れないこと)については、胸ポケットの存在が前提の書きぶりです。シャツは本来下着であったため、ポケットを付けないのが”正式”ですが、「名札」という記載からすると、窓口用の制服としては、胸ポケットを採用しているのでしょう。
3番目(Tシャツの併用を推奨)は、前回の記事でもコメントを頂きましたが、日本の保守的なスーツマニュアルを読むと「Tシャツは下着なので着用しないのが正式。特に欧州では常識。」として書かれているところ、目から鱗でした。欧州の保守的なマニュアルでも、着用を推奨しているのですね^^;
このマニュアルの目的は、「顧客(金持ち保守層が多い)に不快な思いをさせないこと」「信頼感をあたえること」にありますので、保守的な格好をさせつつも、不快感を与えない(汗でイロイロなものがシャツから透けて見えないようにする)ための手段として、下着の着用を推奨しているのだと思います。
面白いのが、「シャツが透けず、理想的には薄くてピッタリとした綿のTシャツが良い」というトラディショナルな指南に加えて、「機能性の下着も風邪を引かないようにするためには重要」として、それらを購入できるサイトと社割コードを記載していることです^^;
3.靴
靴にも当然言及しています。
- 適切な靴を履いていない服装は不完全。靴は、外見の基本である。
- 最適は、クラシックなブロークシューズ又はオックスフォードシューズやダービーシューズである。靴ひもの無い靴、模様のある靴、バックル付の靴は避けること。
- よく掃除し、磨くことで、良い印象を与えられる。
- 定期的に修理することで長持ちする。インソールが露出する前に、かかとと靴底を点検し、修理すること。
- 靴を履くときは必ず靴べらを使うこと。
- 同じ靴を2日続けてはかず、かつできれば木製のシューツリーを使うこと。
- 1日に1回、靴を履き替えることで、立ち仕事が快適になる。
- どんな姿勢でも生足が見えないよう、膝丈の靴下を使うこと。短い靴下は、失礼である。
- リブが入った靴下は、足が長く見える。
- 夏は綿やシルクの、冬は厚手の綿やウールの靴下が良い。
靴は外見の基本である。うーん、ごもっともですね^^;
とはいえ、気になるポイントもあります。
1つは、2番目にある「バックル付の靴は避けること」です。モンクストラップシューズは、日本国内においてはある程度ドレス的な地位がありますが、ここでは避けるように指示されています。(私の場合、ストラップシューズは、脱ぎ履きの多い日本において、やむを得ないものとして会食や個人宅訪問がある日には活用しています。)
もう一つは、7番目です。6番目の、「同じ靴を2日続けて履かず」は大切ですし分かるのですが、それとは別に、その日の中でも履き替えると快適になって良いとアドバイスしています。 たしかに、以前客先と自宅が近いことがあり、訪問後にいったん帰宅して昼食を摂ってから別の靴に履き替えて再出社した際は、なんだか足がサラサラして気持ちが良かったことがあります。しかし、そんなシーン稀ですし、職場に複数の靴なんて置いておけませんし、現実的では無い気がしますね……。
4.その他
他にも、面白い記載がいくつかありますのでご紹介します。こちらはインラインでコメントしていきます(「→」 以降が私のコメント)。
- メガネを清潔に保つこと。汚れていると視界が遮られることはもちろん、見た目に気を配っていないように見えてしまう。
→ メガネのレンズが白くなっている人をたまに見かけますが、たしかに汚らしく見えますよね。 - 時計を身に付けることはあなたの信頼性と、時間を大切にしていることを強調できる。
→ 以前の記事「新入社員の腕時計について考える ~必要性とメリット~」でも考えましたが、欧州でも時間は大切にされているようです。 - 体と顔のケアが不十分だと、身だしなみも不十分になる。顔のケアが髭剃りとアフターシェーブだけの時代は終わった。
→ お、おう。。。。 意識が高いですね……。 - 髭を生やしている場合は、手入れが行き届いているように見せること。
→ 髭そのものはOKなんですね。 - 適切なクリームやローションで保護し、栄養を与えること。健康な皮膚は外見に大きく影響する。
→ 今でこそ男性用化粧品が一般的になりましたが、10年以上前でかなり進んだ記載です。 - ヒント:爪は1.5mmより長くしてはいけない。角は丁寧にヤスること。
→ ガチガチの学校の校則みたいな様相を呈してきましたが、ヤスリを使うことに言及しているのは高ポイントです。 - カリスマ性は、印象の7%に過ぎない。残りは55%の外見と、38%の姿勢と手足の動きに関係している。
→ 窃盗犯や詐欺師がスーツを好んで着ることは有名ですが、人は見た目で判断する生きものです。 また、「姿勢」や「ジェスチャー」について言及しているのも、日本の指南本からすると珍しいと感じます。「(正しい姿勢をすることで)自信と有能さの雰囲気が漂います。本物らしさも感じられます」とのこと。この点は重要で、たしかにそうなんですよね……。
5.おわりに
この服装マニュアルは、市井の服飾評論家や雑誌編集者ではなく、UBSの経営層や現場が中心となって執筆されたものなのだそうで、確かに諸事情(前回の記事を参照)から炎上して撤回されましたが、「欧州の保守富裕層を相手にするプライベートバンクの現場で相応しい格好」という暗黙知を極めてシンプルに、かつ構造的に知ることができる良質な資料だと感じています。
もちろん、(繰り返しになりますが)ファッションは他人に迷惑を掛けない範囲において自由であるべきで、私自身、もしこれが職場で強制されたら不快ですが、一方で自らの自由意志において実践できれば、好感度高めの清潔感溢れる紳士が生まれるのだと思います^^;