おかげさまで今月、当サイトは設立丸10年を迎えました。
よくもまぁ、サラリーマンのファッションというニッチな話題で10年も続いたなぁと思いますが、記事を読んでくださる方がいること、そしていただくコメントがずいぶんと励みになりました。ありがとうございます。
今回は、この10年を振り返って、サラリーマンのスーツ事情がどのように変化したのかを考えてみたいと思います。また、最後に今後10年の変化も予想してみます。
もちろん、大規模な調査等を行ったわけではなく、たんなる個人的な感想です。ただ、改めて振り返ると大きな変化があったように思います。皆さんはどんな変化を感じましたか?
1.格好のよいスーツスタイルが増えた
まずはポジティブな変化から。
ここ数年感じるのは、スーツスタイルがサマになった、格好のよい人が増えたなぁということです。
原因はいくつかあると思いますが、大きいと思うのは以下の3つです。
①スーツ量販店の質が大幅に向上
安かろう悪かろうのイメージがあったツープライス系のスーツ量販店でしたが、この10年で大幅にクオリティを向上させました。
特に、シルエットと仕立て、そして生地の改善が大きいです。
シルエットの改善
かつての量販店では「万人に合う」「軽い」「着やすい」などが重視され、見た目上は「ダボダボ」「スカスカ」なシルエットなスーツが散見されました。
また、フィッテングの際も、適正サイズよりも少し大きめを選ばされることが多かったように思います。(後で関係者にきいた話ですが、「サイズが大きめ」よりも「着られない」パターンの方がクレームに発展する事が多く、安全サイドに倒した結果ではないか、とのこと。)
しかし、デザインがよくなったのか、店員の質が向上したのか、ツープライス点でもダボダボスーツを選択させられる機会はかなり減りました。
仕立ての改善
10年前、すでに安価な既製スーツやイージーオーダーはチャイナ等の海外生産が始まっていました。
しかし、当時の状況を振り返ると、価格低減にフォーカスしすぎた結果の、ペラペラなスーツが多かったように感じます。
一方、現在店頭に並んでいるスーツを見ると、よほどのことがない限り、丁寧な縫製に構築的な仕立てになっていて、驚かされます。(ただし、耐久性は分かりませんが。)
生地の改善
かつては安っぽいポリ混生地が、低価格スーツの標準でした。
しかし近年は、2万円や3万円のスーツでも、良質なウール100%の、それも有名生地ブランドとコラボした生地が増えたと感じます。
②スーツスタイルの情報に触れる機会が増えた
次に感じるのが、情報の量が増えたことです。
10年前、当然インターネットは既に普及していましたが、ガラケー主流の時代でした。
Instagramもなく、「見本となる格好のよいスーツスタイル」は自らファッション誌や書籍を購入するか、文字だけのウェブサイトや小さな写真から研究するほかありませんでした。
加えて、能動的に調べようと思う人しかそれらの情報に触れることもなく(それも、自宅のPCや書店でしか情報に触れられず)、多くの若手サラリーマンは店員の薦められるがまま、または自分自身の思いつくままにスーツを購入していました。
しかし、現在では情報検索のハードルが下がった上、SNS やニュースサイトのタイムラインから、場合によっては受動的にファッションに関する情報を入手出来るようになりました。
③スーツスタイルそのものが煮詰められた
少しわかりにくいタイトルですが、要約すると「スーツを着る機会が減り、スーツ好きが着ているスーツの割合が相対的に増えた」ということです。
詳細は、次とその次の項目で述べたいと思います。
2.スーツスタイルが減った
変化の2つめは、この10年、スーツの相対的な役割が(特に着用が求められるシーンが)かなり減った事です。
具体的には、ビジネス現場における、カジュアル化の進行です。
4年前に執筆した記事「日本人が、会社にスーツを着ていくことの是非」は未だに多くのコメントが書き込まれるなど、高い関心がうかがえますが、どうひいき目に見てもスーツの需要は減ってしまいました。
一部のIT企業や、クリエイティブ系の職種ならまだしも、某メガバンクや大手不動産会社といった、お堅いイメージのある企業が、クールビズや働き方改革の影響で、服装の自由化に舵を取ったのはその一端を表しています。
また、完全なカジュアル(ポロシャツやチノパンなど)化ではないものの、ノーネクタイが通年化したという企業も多いのではないでしょうか。
3.スーツスタイルの趣味性が増えた
このようなビジネスシーンにおけるスーツスタイルの衰退は、一見、スーツ好きにとってのデメリットのように見えます。しかし、私はデメリットに感じていません。
ここで登場するのが、項番1の③「スーツスタイルそのものが煮詰められた」です。
これまで、ルールとして強制され、半ばイヤイヤあるいは何も意識せずに着ていたスーツ着用者が、スーツから離れていきました。
その結果として、スーツを供給するアパレル企業側の姿勢が大きく変わったように感じるのです。
必需品から嗜好品へ
これまでスーツは、生活(業務)必需品として「ただ着られさえすればよい」ものでした。
供給サイド(店や製造者)もそれを前提に、安く、着られさえすればよいものを販売していた傾向があり、消費サイドである我々も、それを当然のことと受け入れていました。
しかし、必ずしも仕事でスーツを着る必要がなくなったことから、「仕方なく」「なんとなく」スーツを着ていた層の需要が消えてしまったのです。
つまり、企業戦略として、スーツを好きな人、およびその予備軍の心を掴もうと躍起になっているように感じます。
良品が手に入りやすくなった
こうした需要の変化に加え、前述したスーツスタイルに関する情報流通が多くなったことと相まって、良い製品が増え、かつ手軽に入手できるようになったと感じます。
10年前、電子メールやFAXから、つたない英語を駆使して発注していたオーダーシャツは、いまや国内の優れたオンラインシャツ屋から安価に手に入るようになりました。
高級靴の内外価格差も、だいぶ解消されました。
一部の金持ちや、年配層、愛好家に親しまれていたオーダースーツも、大分身近になりました。
こうした動きは、スーツスタイルの需要層が変化したことによる、ポジティブな一面なのではないかと考えています。
4.次の10年を予想する
それでは、次の10年、スーツスタイルはどのように変化するのでしょうか。
10年後に見返して、赤面することは想像に難くありませんが、少し考えてみます。
予想1:手縫いスーツの高額化
まずは、ネガティブな予想から。
複数のテーラーが一致して危惧していたのは、フルオーダーなどのハンドメイドスーツは、その多くが70代を超える高齢の職人による、安価な工賃に支えられているという問題です。
彼らは年金の副収入として作業を引き受けていますが、その下の世代、さらに若手は現在の安価な工賃ではとてもその業務に就く気にはならないだろう、とのことでした。
実際に、一部のテーラーではフルオーダーの扱いを中止しているところも出ています。
もちろん、フルオーダーの需要自体はなくならないため、注文できなくなることはないと思いますが、近い将来、現在のように1着20万円台での入手は難しくなると感じています。
予想2:イージーオーダーの進化
一方、オーダーメイドスーツに関しては悪い話だけではないと考えています。
かつてのイージーオーダーは、マスターパターンから各人の体型に合わせて(誤解を恐れずに言うとああまり深く考えず機械的に)修正していたため、サイズの変更箇所が多いと野暮ったく見えていました。
しかし、各パーツがどういった比率になると格好良く見えるのか、マシンラーニングの応用によって、不自然な修正が減り、むしろデザインセンスを備えた優秀なテーラー並の仕事をしてくれるイージーオーダーが増えるのではないかと期待しています。
これは、フルオーダーの職人が減ったことで発生した、スーツ難民もその後押しになるはずです。
(余談)かつて様々な会社がコンピュータによる採寸に乗り出しては無くなっていきましたが、その原因は機械による採寸は誤差が大きかったことに加え、「体型に合わせた服が、必ずしも格好がよいと限らない」という問題があったからでした。人間がどのようなデザインやシルエットを格好良いと認識するのか、単純計算では算出が難しいため、対応が出来なかったのだと思います。しかし、マシンラーニングやAIが、それらの課題に一定の答えを出すのでは無いかと期待しています。
予想3:スーツのコスプレ化
あまり来てほしくない未来ですが、前述の通りスーツが必需品から嗜好品になった、その先に予想することです。
スーツが「皆が着るもの」から「着たくて着るもの」になった結果、スーツ着用者が多数派から少数派に転落します。
かつて、燕尾服がディナージャケット(タキシード)に取って代わられましたが、そのタキシードすらも夜会に無縁な私たち一般の会社員からすれば、コスプレに近い存在になっています。
おそらく徐々にでしょうが、職場(賀詞交換会や式典などの特別な行事では無く、毎日の勤務)におけるスーツのコスプレ感は、少しずつ出てくるものと覚悟しています。
したがって、この先、いかにコスプレ感を出さず、さりげなく格好のよいスーツスタイルを実践するかが、サラリーマンのスーツスタイルにおける肝になってくるのではないかと考えます。
おわりに
皆さんにとって、この10年間はどんな変化がありましたか?
また、次の10年間にはどのような変化があると思いますか?
そういった感想に加え、当サイトへの要望などありましたら、気軽に下のコメント欄からメッセージをお待ちしています。
長きにわたり、お付き合いいただきありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。