歴史・勉強

日本人が、会社にスーツを着ていくことの是非

投稿日:平成28年(2016) 5月29日

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先日、当サイト宛てに読者の方からご意見を頂戴しました。

要約すると「世界の常識として、スーツはすでに廃れたファッションである。滑稽で恥をかくので、日本人はスーツを着て仕事に行くのを止めるべきだ」というものです。

スーツスタイルを中心的な話題としている当サイトにとっては、ある意味衝撃的なご意見です。

しかし、戴いた内容をよく読むと、私がかつて同じように考えていたことや、今でも思っていることと重なることもありました。

また、何故スーツを着るのか、という根本的な話にも繋がりますので、皆さんとそのご意見を共有し、一緒に考えてみたいと思います。



1.頂戴したメッセージ全文

まずは、戴いたメッセージの全文をご紹介します。

――投稿者:Mark さん

私は日系アメリカ人で、アメリカ、カナダ、フランスで仕事をしましたが、この時代まだスーツを着て仕事をしているのは日本人だけです。スーツは時代遅れです。スーツは1950年代のファッションで効率が悪く(冬は寒く、夏は暑い)ので電気代もかかります。本当に節電をしたければ、スーツやビジネスカジュアルをやめて完全なカジュアル(ジーンズOK、TシャツOK)にするべきです。これは私の意見ではなく、世界の常識です。

あなたたちのような時代遅れで、頭の固く、世界を知らない日本人が「私服でお越し下さい」にたいして「いやそれでもジーンズはダメ」だの言っているから日本はいつになっても時代遅れなのです。

はっきり言って海外で日本人サラリーマンの団体がスーツを着で歩いているところを見ると大変滑稽です。私のアメリカ人の友達も「日本人はまだスーツを着ているのか」と言っています。私は日系人として苦笑いするしかありません。真夏にスーツとネクタイをして、汗まみれで歩いている日本人を見ると、とても見苦しく、日本人が奴隷のように働かされているのが世界に向けてあからさまに見えます。

日本人は表面的なこと(スーツやYシャツを着なければダメ、ジーンズはダメなど)にうるさく、物事の本質が見えていません。これでは世界の競争に勝てないでしょう。もっと物事の本質や合理性を考えて見てはいががでしょうか?

結論として、世界に向けて恥じをかきたくなければオリンピックまでには完全なカジュアル社会をお勧めします。そしてあなたたちはそれを妨げないでください。

ご意見、ありがとうございました。

大変に刺激的な内容ではありますが、 内容の一部には、私が学生時代に感じたことや、今でも同意出来るところがあります。

そこで、このご意見に対する私なりの賛成意見と反対意見を考えてみました。(議論に資するため、あえてそれぞれの意見に少し肩入れした内容にしました。現在の私個人の意見は、最後に書きます。)

 

2.スーツ文化への疑問

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まずは、このご意見へ賛成する観点から考えてみました。

① スーツは強制では無く、好みで着るべき

いただいた意見に通底するものとして、日本に於けるスーツの有形無形の強制に対する批判が挙げられます。

「強制ではない」「服装自由」と言っておきながら、実際には同調圧力や暗黙の了解などから、日本では半ばスーツの着用が強制されている現状があります。言っていることとやっていることに矛盾があるのも事実です。

「私服でお越し下さい」にたいして「いやそれでもジーンズはダメ」だの言っている

このように、会社側からスーツやビジネスカジュアルとして服装を強制されることもあれば、就活の会社説明会なども「私服で~」と案内しても、参加者側の配慮で9割はスーツになる現状もあります。

服装は自己表現の一つですから極力自由であるべきで、「これが着たい」という意志を持った着用者本人の裁量に、委(ゆだ)ねられるべきではないでしょうか。

会社側は、会社の業務を妨げない限りにおいてもう少し服装規定に寛容になり、さらに参加者(社員)側も、空気を読みすぎて「みんな一緒でみんな良い」になることから脱却すべき時かも知れません。

就業規則などでスーツを半ば制服として定めている会社もあると思います。本人の意志でその共同体(会社)に入る以上、規則も受け入れた上での参加のはずですから、スーツ着用の強制もやむを得ないという意見もあります。

しかし、共同体側も何故スーツを着用しなくてはいけないのか、その目的や理由を明確に示すべきだと考えます。明確なものが無ければ、その規則は撤廃すべきでしょう。(とはいえ、「ファッションなんかより本業に専念したい」「面倒だから服装を指定してくれ」という現場サイド要望が多い、というのが実情かもしれません^^;)

 

② 時代によって服装は替わるもの ~スーツもかつてはカジュアルだった~

現在のスーツは、19世紀頃まではラウンジスーツと呼ばれ、カジュアルな部屋着や運動着でありました。

それが19世紀末から20世紀初頭にかけて、堅苦しいモーニングコートが市民の日常から廃れ、現在のスーツが取って代わりました。(そのモーニングも、かつては旧来の宮廷服の地位を奪った新しいものでした。)

このように、紳士服のスタイルは一定では無く、時代によって変化するものです。

直近の交代劇から既に100年以上が経過した現代、スーツがいつ別のスタイルに取って代わられてもおかしくはありません。スーツで無ければダメという原則へ、必要以上に拘泥(こうでい)することに疑問を持つべきでは無いでしょうか。

③ 日本の気候にスーツは不向き

真夏にスーツとネクタイをして、汗まみれで歩いている日本人を見ると、とても見苦しく

日本は高温多湿な気候です。とくに都市部ではヒートアイランド現象の影響で、夏には猛暑になります。

こんな環境で真夏にタイドアップで汗まみれのスーツを着ることは、自身の健康を害するばかりか、周囲も暑苦しく感じ、エレガントではありません。

夏に涼しげな、冬に暖かそうに見える格好をすることこそ、ファッションであり粋なのでは無いでしょうか。

とまぁ、逆に言うと春秋冬と3シーズンはスーツを着られる気候なワケで――という自己突っ込みは次のスーツ文化賛成観点の考えなので割愛します^^;

 



3.スーツ文化に賛成する考え

つづいて、このご意見への反対意見(スーツ文化に賛成する意見)を考えてみました。

① スーツは差別を無くす

(海外でも同じかと思いますが)かつて日本に於けるスーツの一番重要な役割は、差別を無くす事でした。

身分や所得によって服装がまちまちだった時代、形が決まっているスーツは、誰もが集会や集団に参加できるための、ハードルを下げるための手段でした。

それは現代でもあまり変わっていないのでは無いでしょうか。

今でこそ身分による服装の違いは無くなりましたが、ファッションセンスが求められるカジュアルと違って、スーツスタイルはサイズ感と作法さえ間違えなければ、誰もが簡単に格好良くなることが出来ます。

また、スーツさえあれば、そこがラーメン屋でも高級レストランでも、殆どの場所に入ることが出来るなど、制約も受けません。

「スーツを着ることを半ば強制される」の裏返しとして、「スーツさえ着ていれば、見た目で差別されることが無い」のです。

② スーツはONとOFFを切り替えやすくする

スーツは(就業規則に書いてあるのならば別ですが)制服ではありません。

しかし、私と公の精神的な境界を分けるモノとして、普段着のカジュアルさとスーツのパブリックさの違いが役立ちます。これは、スーツを着る自分自身もそうですし、職場という環境についても同じです。

欧米の政治家は、プライベートやバカンスでのラフな格好と、公務時のスーツの切替が得意ですよね(といってもマスコミ向けの演出でしょうが)。

聖職者がパジャマを着たまま祭壇の前に立ったとき、それを見つめる聴衆はもちろんのこと、聖職者自身すら神聖な気分に浸ることは難しいでしょう。

「スーツを着なければ、私と公を切り替えられないのか」という批判はあると思います。しかし、全員が強い精神力を持っているわけでもありませんし、持っていたとしても服装による気持ちの切替は、パフォーマンス向上に効果的です。(最近流行している「集中のためのルーティーン」に近いですね。)

スーツに代わるパブリックな服装が無い以上、制服のないビジネスマンの気持ちの切替には、引き続きスーツが効果的なのでは無いでしょうか。

③ 海外も未だスーツ文化

まずは以下をご覧下さい。

ロイターとイプソスが世界24カ国で実施した共同調査では、仕事に着ていく服が最もカジュアルな国はハンガリーであることが分かった。⼀⽅、職場でのスーツ着⽤率が最も⾼いのはインドで、⽇本は10位だった。

調査は計1万2500⼈を対象に実施。職場での服装に関する意識の違いを調べるため、仕事にスーツやきちんとした格好で⾏くかどうか、また短パン姿でも許されると思うかなどを質問した。

その結果、スーツなどで仕事に⾏く⼈の⽐率が最も⾼かったのはインドの58%で、韓国の47%、中国の46%がそれに続いた。⽇本は35%で、カナダやイタリアと並んで10位となり、最も低かったのはハンガリーの12%だった。(後略)

(2010)ロイター「職場でのスーツ着用率、日本は世界で10位=調査」、H28.5.29閲覧

これはイギリスの通信社とフランスの調査会社が、共同で行った調査を伝える記事です。

この中で、職場での日本のスーツ着用率は、1位のインド(58%)、3位の韓国(47%)、7位の英国(43%)、9位の米国(37%)などよりも低い、10位(35%)となりました。

あくまで1つの調査結果ですが、この記事から言えることは、日本のスーツ着用率は海外に比べ高くなく、下位のドイツ(31%)フランス(30%)とも大差がないことです。

仕事でのスーツ着用については世界的に一定の需要があるようですね。

この調査は「スーパークールビズ」(東日本大震災<平成23年、2011年>後の電力不足による)が定着する前に実施された調査のため、現在では日本の順位はさらに下がっていると思います。

 

4.私なりの結論

いかがでしょうか。皆さんは、どの様に考えましたか?

最後に、現在の私個人の意見を書きたいと思います。

日本のスーツ文化に対する疑問

私の大学生時代の話です。800人は入るホールで行われた会社説明会に参加したとき、前の席から後を振り返ると、異様な光景が広がっていました。

皆が殆ど同じ格好なのです。男女ともに喪服のような真っ黒のスーツに白のシャツ、男性はほぼ全員がストライプのネクタイで、女性はボニーテールにカーキ色のトレンチコートを抱えていました。

これを見た時は、さすがに日本のスーツ文化に対して疑問を感じました。

また、スーツをファッションではなく、制服として扱う日本のスーツ文化に対しても、批判的な意見を持つようになりました。

強制でもなく、所与でもなく

このように、学生時代はスーツに対して良い印象はありませんでした。

しかしその後、スーツの持つ格好良さや、試行錯誤しながら自分で選び、着こなした時の楽しみが分かるようになっていきます。

職場はスーツを強制する環境ではありませんでしたが、なんだかんだいって、スーツの完成されたフォルムや、靴や小物も含めたスーツスタイル全体が生み出す美しさに惹かれたからです。

今では、ずいぶんとスーツが好きになりました。しかし、スーツの着用を他人に強制することはもちろん、みんなが着ているからとなんとなく着ること、さらに、スーツを着てはダメと強制すること、これら全てに反対の立場です。

3-②(ONとOFFを切り替える)の目的から「職場でスーツを着ない人が続出すると、服装が乱れ、和が乱れる」という考えがあるかも知れません。しかし、たとえばチームワークが大事なIT業界では極端なカジュアル化が進んでいても和が乱れず、成果は出ていることに留意すべきです。また、そこまで気にするならば制服を導入し、就業規則に記載した方が良いでしょう。「任意のお願い」を「強制」することは「スーパークールビス中なので、スーツでの来庁はご遠慮下さい」といってのける某役所に通ずる心地悪さがあります。

スーツを着る目的(単にスーツが好き、女性にウケたい、顧客に誠実な人と思われたい等々)は様々だと思います。目的が明確にあれば、着たい人が自由に着るというのが、スーツスタイルのあるべき姿なのではないでしょうか。

 

> Mark さん

貴重なご意見を戴き有り難うございました。深く御礼申し上げます。

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