普段何気なく着ているスーツにはたくさんのポケットがあり、それぞれに名前や場合によっては役割があります。
今回はそんなスーツのポケットについて、具体的にどんな種類、役割、形状があるのか、整理してみます。(量が多くなるため、今回はジャケットに絞ります。)
また、本やネットではポケットに関する「マナー」も散見されます。なかでも本サイトの読者から質問のあった、「スーツのポケットに物を入れてはいけない」と「室内でフタを出すのは失礼」についても、実際のところどうなのかを考えてみます。
1.ポケットの種類
最初に、スーツのジャケットにおけるポケットの種類を整理してみます。
1-1)胸ポケット
胸ポケット(breast pocket;ブレストポケット)は、文字どおりジャケットの胸部分にあるポケットです。女性用の場合はチェストポケットとも言います。
スーツのジャケットでは大抵左胸のみにありますが、制服やカジュアルなジャケットの場合は、両胸にあることも。
スペースが小さく、かつ上襟(ラペル)が覆い被さっているため、基本的に収納として使えるポケットではありません。
飾りハンカチ(ポケットチーフ、ポケットスクエア)専用ですね。
こんな感じに、ポケットチーフを差して使います。一時は消滅したポケットチーフですが、最近は街中でもよく見るようになりました。
ビジネスの現場では、入館証などのIDカードをクリップでここに挟んでいる方も多いですね。しかし、長時間つけているとポケットが伸びてめくれ、元に戻らなくなってしまう事もあるため、注意します。
1-2)腰ポケット
一般的に、ジャケットのポケットと言えばこの腰ポケット。通常は左右に1つずつあります。
ポケットは生地に穴を開けて作るため、お直しで場所を移動することが難しいです。また、ポケットの位置は、ジャケットのバランス上非常に重要な要素です。
したがって、この腰ポケットがあるために、ジャケットの着丈(縦の長さ)を大きく詰める事が難しくなります(詰めるとバランスが悪くなる)。
1-3)内ポケット
内ポケット(insede pocket、裏ポケット)は、ジャケットの裏側にあるポケットの総称です。
とはいえ、単に内ポケットといった場合は、両胸の裏側にあるポケットを言う場合が多いです。
大抵こんな感じにフタが付いていて……
長財布など、結構大きめの物を入れる事ができます。
外側にあるポケットはデザイン的な要素が多いのに対し、内ポケットは純粋に実用面としてのポケットです。
また、内ポケットの周り全体に表地を使った物を、「お台場仕立て」などと言います。港や海峡を防護する地続きの「砲台場」と形状がよく似ていることから、この名前がつきました。(東京の「お台場」が発祥かは諸説あるようです。)
かつてシルクや耐久性の低い合繊の裏地を使っていた時代の名残で、今では実用的なメリットは低くなりました。
10年くらい前までは「これの有無で高いスーツかどうかわかる」などと言われることもありましたが、現在はツープライススーツにも一般的に用いられる意匠になりました。(イージーオーダーの場合は有償なこともあります。私は意図的につけることはしていません。)
1-4)その他のポケット
一般的なスーツには、以上の胸ポケット、腰ポケット、内ポケットの3種類が標準でついてきます。
ここからは、ついてきたり、ついてこなかったりする、オプショナルなポケットをご紹介します。
ペンポケット
オプショナルなポケットでも一番出現率が高いのが、こちらのペンポケットでしょう。
夏用の軽量ジャケットには付いていないこともありますが、一般的なスーツ用のジャケットにはほとんどあります。
その名の通り、筆記具を差しておくためのポケットです。胸ポケットにペンを差している方を見かけますが、実用的な(出し入れを頻繁にする)筆記具は、胸ポケットの傷みを防止するためこちらを使いましょう。
自由度の高いイージーオーダーやフルオーダーでは、ペンポケットの縁部分に使う素材を変えることで、さらに傷みを防止できます。弱い裏地を使う場合や、一日に何度もペンを出し入れする職種・業種の方は検討の余地有りです。
たばこポケット
丁度腰ポケットの裏側にあるのが、通称「たばこポケット」。
近年は喫煙者の減少で利用する機会が減ったかも知れませんが、かつてはここにたばこが入れられていたのでしょう。(私は非喫煙者なので使い勝手はよく分かりません。)
イマドキはスマートフォンを入れる方が多いかも知れませんね。
なお、裏地のデザインによっては、たばこポケットをつけられないこともあります(広見返しなど)。
チケットポケット
意外と実用性が高いポケットがこのチケットポケット(ticket pocket)。文字通り、チケット(キップ)を入れるためのポケットです。
都市部の交通機関はICカードが主流ですが、まだまだ入場券の半券、旅先でのキップなど、紙製のチケットを扱うことは多く、とっさに入れられるので重宝します。
チェンジポケット
右側の腰ポケットの上にある、小さなポケットがチェンジポケット(change pocket)です。チェンジとは小銭のことですから、(元々は)小銭をいれるためのポケットでした。
とはいえ、チェンジポケットは小さく、小銭の出し入れは事実上難しいので、ほとんど飾りだと思った方が良いでしょう。(若干腰を細く見せる効果があります。)
かつてはオーダースーツでしか見かけませんでしたが、近年のスーツスタイルにおける英国ブームの影響で、既製服にも見かけるようになりました。
なお、チェンジポケットのことを、チケットポケットと言う事もあります。
その他のオリジナルポケット
ジャケットの表側に新しいポケットを設けることは難しいですが、裏側は比較的自由です。
そのため、オーダースーツの場合は、仕事で使う道具が入るサイズのオリジナルポケットの取り付けを指示する方もいるそう。
ただ、強度や見た目(盛り上がって見えてしまう)の問題から、内ポケットやたばこポケットのサイズ変更とした方が無難だと思います。
2.ポケットの形状
ビジネススーツのジャケットで用いられるポケットの形状は、カジュアルジャケットと違ってかなり限定されます。
とはいえ、選択肢が全く無いわけではないので、いくつかご紹介します。
2-1)フタの有無
フタ(フラップ)は、本来雨や埃、そして盗人(スリ)からポケットの中を防護する役割がありました。
従って、礼服には付いていないパターンが多く、スーツでも以下の通り有無を選択出来ます。
- フタあり
- フタあり&フタをポケットに入れるとフタなしに見える
- フタなし
イマドキのビジネススーツはほとんど2ですし、経年でポケットの隙間が広くなってしまう(通称「笑ってしまう」)のを隠すためにも、あえて3を選ぶ必要は無いと思います。
なお、フタの出し入れ「マナー」については、後ほど詳細に考えます。
2-2)パッチポケット
ビジネススーツにおけるジャケットの腰ポケットは、袋を表地の裏側に作ります。しかし、パッチポケットは表地を上からあてて、ポケットとするものです。
カジュアル度は上がりますが、職種/業種によっては許容範囲だと思います(ただし、冠婚葬祭には避けた方が良いです)。
なお、パッチポケットにフラップをつけたものもあります。
2-3)スラントポケット
スラント(slant)は傾斜という意味で、斜めになっているポケットを言います。オブリークポケット(oblique pocket)とも言います。
もともとは、乗馬用ジャケットの意匠ですが、手を突っ込みやすいのでオーバーコートでも用いられることも。ジャケットにおいては、すこしスポーティに見せる効果があります。
ただし、フラップの面積が通常のポケットに比べて広くなるため、目立つ柄(チェックなど)での適用は慎重になった方が良いでしょう。
2-4)胸ポケットデザイン違い
私はオーソドックスなものしか持っていないので写真はありませんが、胸ポケットのデザインも、箱形や船型など、複数あります。
胸は、ジャケットにおける「見せ場」であり「アピールポイント」です。ここの表情を、ポケットの形を変えることで微妙に変化させることができます。
イージーオーダーやパターンオーダーでも対応していることが多いので、店頭で確認してみてください。
3.ポケットに物を入れてはダメ?
ここからは、本サイトをご覧の方からいただいた、スーツ用ジャケットのポケットにまつわる疑問と、私なりの回答をご紹介します。
一つ目は、「ポケットに物を入れてはダメ」かどうかです。
入れない方が、シルエットが綺麗になることは確か
結論から書いてしまうと、「なくべく入れない方が良いが、入れるなら内ポケットへ」です。
なぜ内ポケットかというと、外側のポケットは入れた物の膨らみが分かりやすく、さらに型崩れの原因になるためです。どうしても外側のポケットを使う場合は、軽くて小さい物に限定する必要があります。
内ポケットもそこそこに
内ポケットは実用のポケットと先述しました。その通り、内ポケットは外側のポケットに比べて内容物による見た目や耐久性へのデメリットが少ないのですが、それでも影響はあります。
比較的薄手の(コインケースが付いていない)長財布を内ポケットに入れてみます。
よく見ると、左胸(→)がすこしぽっこりしています。
横から見ると、胸が浮いているのが分かりますね……。
胸はジャケットの見栄えを大きく左右するポイント。かなり薄手のものでないと厳しそうです。
三つ揃いとたばこポケットを活用
見た目に影響させず、かつポケットを活用したい場合は、三つ揃いにするという手があります。
三つ揃いは、前を開けて着ることができるため、内ポケットに物をいれても目立ちにくいからです。
写真は先ほどの財布を入れた状態です。前ボタンを外すと、ほとんど分かりませんよね。
もう一つはたばこポケットを活用する方法。重みのあるものを入れるとシワになりますが、軽い物なら厚手であっても目立ちません。
4.フタ(フラップ)は室内ではしまわないとダメ?
スーツのフタ(フラップ)は、室内では中に入れ、屋外では外に出すというのは実行すべきか、という質問もいただきました。
深く考える必要は無いのでは?
以前、どこかの研修でマナー講師の方から「室内では蓋を仕舞うのが正式」ときいたことがありますし、そういった記載の文献があることも知っていますが、実際にやっている人を見たことがありません。
もちろん、室内ではオーバーコートを脱ぎ、脱帽するのと同様、スーツも「屋外仕様」を「屋内仕様」にするのが望ましいのでしょう。
しかし、片方だけ出したままになったり、古いスーツでフラップを仕舞ったらポケットが笑っていた(開いていた)などというリスクも考え、私個人としてはこのマナーを無視しています。(面倒、というのが一番大きいですが。)
5.終わりに
スーツのポケットは、実用品であると同時に意匠(デザイン)でもあります。
どういうポケットが、見た目や実用性にどう影響を及ぼすか、特にオーダースーツを注文する際には、確認しながら(そして楽しみながら)選びたいですね。
* * *
今回はスーツのジャケットに焦点を絞って考えてみましたが、また日を改めてズボン(トラウザーズ)やベスト(ウェストコート)のポケットについても考えてみたいと思います。
また、ポケットに関する「マナー」、とりわけ4番で紹介したフラップの出し入れについては、意見が分かれることもあると思いますので、宜しければぜひ意見をお聞かせください(下のコメント欄からお願いします)。