スーツで生地と言えば、殆どの場合表地の事を指します。
もちろん、これは間違っていません。
表地は、スーツを着用した状態で一番目立ち、一番多くの面積を占有し、
雰囲気を作り、そして、スーツの値段を一番左右します。
しかし、あまり意識されない生地がもう一つ――それが裏地です。
皆さんは裏地、意識して選んでいますか?
スーツを買うとき、作るとき、裏地にどんな素材を、どんな色を選べば良いか……。
一番体に近い部分にある裏地を、今回は考えてみようと思います。
もくじ
- 裏地はどこで何をしている?
裏地とは何か、裏地の役割などを考えます。 - 素材(ポリエステル、キュプラ、絹)の特徴
写真例を挙げながら、それぞれの生地の特徴を考えます。 - 裏地の色やデザイン
裏地がデザインに与える影響を考えます。
1.裏地はどこで何をしている?
裏地の場所
実は、裏地はスーツの裏側意外にも、意外と多くの場所で使われています。
裏地を使われている部分をざっと列挙すると、
・身頃の裏(スーツの裏側)
・袖の裏側
・腰ポケットの蓋の裏
・内ポケットの蓋
・ズボンの足回りの裏
・ウエストコート(ベスト)の背中部分やベルト
などがあります。
では、裏地にどの様な役割があるかを、次に見ていきます。
裏地の役割
これもざっと箇条書きにすると、以下の通りです。
-
- 着やすくする
表地は滑りにくいため。特に袖を通す際など、裏地が無いと引っかかる。 - 表地を汚れや摩擦から守る
人間の皮脂、汗、衣服とのこすれによる摩耗で、表地が汚れないようにする。 - 見た目のアクセントになる
着席時や風に吹かれたときにちらっと見える裏地と表地のコントラストが綺麗。
- 着やすくする
現在のように「裏地が合繊で結構丈夫&表地は繊細で弱い」ではなかった時代には、
裏地を取り替えながら、丈夫な表地を汚さないようにジャケットを大事に着ていたようです。
今ではその習慣は無くなりましたが、表地を汚れから守る、滑りをよくする意味合いは健在です。
もう一つがデザイン面の役割です。
かつて江戸っ子が、地味な生地の着物に派手な裏地を使ったように、
表地とのコントラストは、ジャケットをデザインする上で、大きなアクセントになります。
優秀な裏地素材とは
ということで、優秀な裏地素材とは「滑りが良く、丈夫で、発色やデザイン性に優れる」
となるのですが、もう一つ、裏地そのものの役割ではないのですが、
欠かすことの出来ない重要な機能ががあります。吸湿性という観点です。
せっかくの天然素材で作ったジャケットなのに、通気性の悪い裏地を付けてしまうと、
ウールが持つ吸湿/調湿・放熱などの役割を損なってしまいます。従って、
「滑り良く丈夫で、発色やデザイン性と吸湿力に優れる」が優秀な裏地の条件でしょう。
2.素材(ポリエステル、キュプラ、絹)の特徴
次に、紳士服の裏地として主に使われている素材を見ていきます。
現在の主流は、ポリエステルとキュプラ(旭化成の商標「ベンベルグ」)の2種類です。
かつては絹やそれに類する人絹(ステープルファイバーなど)、
または獣毛(アンゴラなど)も使われていましたが、一部に絹が残るのみのようです。
実際にどの様な特徴があるか、見ていきましょう。
1.ポリエステル
石油を原料とする合成繊維です。
耐久性に優れ、安価で、発色が良く、水に強いです。
一方で、吸湿性に乏しいため、夏場や汗をかく人は要注意。また、熱にも弱いです。
上の写真はポリエステル100%のもの。
イージー/パターンオーダーでは、特に指定しないとポリエステルが使われることが多いです。
吊しの場合は、安い価格帯の場合、これも殆どポリエステルです。
安上がりで発色が良いのですが、夏場は通気性が悪く、汗も吸わないのでベタベタします。
裏地にキュプラを指定しても、袖の裏や、ズボンの裏地はポリエステルなんていう事も有るので、
オーダーの際は確認した方が良いと思います。
2.キュプラ(ベンベルグ)
綿花くずを原料とする再生繊維で、私は一番よく使っています。
絹と似た光沢があり、絹やスフよりも耐久性に優れ、なによりその吸湿性が特徴。
欠点は水に濡れるとしわになりやすいことと、合繊に比べ若干高いことです。
上の写真はキュプラ100%の裏地です。
わかりにくいですが、光沢がポリエステルよりも上品な感じで、絹に近いです。
また、さわり心地がなめらかで少しひやっとします。吸湿性があるため夏の不快感がありません。
上の写真は、キュプラ50%、ポリ50%のもの。
ポリエステルの方がキュプラよりも自在に色を出しやすいため、
デザインや耐久性を優先する場合はポリを混紡することがあります。
3.絹
蚕の繭を原料とする天然繊維です。
ドレープがとても美しく、とても上品な光沢があります。
欠点は合繊や人絹に比べ、耐久性や水や日光に弱く、高価なことです。
上の写真は絹50%、キュプラ50%のもの。
合繊には真似できない、複雑な光沢が特徴的です。
絹100%では耐久性に劣るため、キュプラを混紡しているようです。
ビスポーク(オーダー)の世界でも、絹はあまり使われなくなったようですが、
耐久性や価格に少し目をつぶれば、とても美しく選択する価値のある素材なので、
一度はチャレンジすることをお薦めします。
3.裏地の色やデザイン
裏地を選ぶ際に考えるべき事は、先述の素材の他に、
色やデザインも非常に重要です。
裏地は「見せない」ものであって、「見えない」物では無いからです。
特に、スリーピース(三つ揃い)では、裏地の共地(同じ生地)で背中を作るため、
裏地の選択がとても重要になってきます。
色相については詳しく話すと切りが無いので差し控えますが、
ここでは「近い色」「相性の良い色」「灰色で同じトーン」
の3つをおさえておくと良いと思います。
近い色
紺の生地には水色の裏地を、といった、王道的な選択のことです。
これと言って面白みはありませんが、間違いが無く、三つ揃いで失敗しません。
スーツでかしこまった物については、こういった選択がお薦めです。
相性の良い色
たとえば紺色に対する茶色、紫に対する黄色、つまり補色(反対色)のことです。
ポイントが、ここでは色調――つまり「トーン」を揃えず、若干落とすと綺麗に見えます。
一例を挙げると、紺色の反対色はオレンジ色。あまり相性が良くないのですが、
オレンジ色のトーンを落とすと茶色になり、相性が良くなる、と言うわけです。
ジャケットなど、遊びの要素を入れたい場合はお薦めです。
灰色で同じトーン
灰色は色ではありませんので、どの様な色でも相性が良いのが特徴です。
このとき、あわせる色と近いトーンの物を選ぶと、落ち着いた印象になります。
少し遊ぶ場合は、若干トーンを鮮やかにすると良いと思います。
※ 灰色の表地に同じトーンの色裏地でも、表地と同じトーンの灰色の裏地でもOK
また、裏地には様々な柄(ストライプ、市松模様、花柄、ドクロ柄まで^^;)があります。
いずれにせよ、色も柄もデザイナーであるテーラーと相談しながら決めると良いと思います。
写真は先掲した絹50%、キュプラ50%の裏地を使ったウェストコート(ベスト)の背中。
一般的には共地を使いますが、ジャケットの裏地を派手にしたい場合、
ウェストコートの背中部分のみ別の生地を選ぶことも出来ます。
(テーラーによっては別料金がかかることがあります)
もうひとつが背中を共地で作る例。
少しカジュアルな印象になり、尾錠による調節が出来なくなりますが、
ビスポークするのであれば(かつ体型を維持できるのなら)、お薦めです。
如何でしたでしょうか。
スーツ/ジャケットの裏地はあまり語られることが少なく、
従って注目されることが無いのですが、
機能面からも、デザイン面からもかなり重要な位置にあると思います。
最後に、本文で言い足りなかった&重要なので二回言いますな部分があるので、
こちらも箇条書きで。
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- 汗かきの方や、夏用上着にポリエステルは控えたい
- 迷ったらキュプラがおすすめ(個人的な好みですが^^;)
- 三つ揃いに派手な裏地を選ぶと、ウエストコートの背中も派手になるので注意
- 色あわせは「近い色」「相性の良い色」「灰色で同じトーン」で考える
- ブランド裏地は高いくせに品質が悪い物が有るので注意
吊しを買うにしろ、ビスポークするにしろ、
表地は勿論大事ですが、裏地のことも考えるとより楽しくなると思います。
それでは。