スーツやジャケットの下襟(ラペル)に鎮座するフラワーホール。皆さんのスーツにはどんなフラワーホールがついていますか? また何かを差していますか?
名前の通り、フラワーホールはかつて花を差すための穴でした。花を差さなくなっても、サラリーマンなど組織に所属する人の多くが、所属団体の徽章(社章など)を付ける穴として使ってきましたが、カード型の社員証普及に伴い、最近では見かけることが減ってきました。
今回はそんなフラワーホールについて、その意味や特徴について考えてみたいと思います。
1.フラワーホールの由来
花を差す穴として
フラワーホールはFlower-holeの名前通り、かつてはこの穴へ花が差されていました。
現在も結婚式で、新郎がここに花を差す風習が残っています。花嫁に渡した求婚の花束<ブーケ>から、承諾の意味で花嫁に差して貰うのだとか。
写真のように、今でもラペル(返し襟の下襟)の裏側に、花の茎を留めておくためのループ(フラワーループ)を付けているテーラーもあります。
第1ボタンの名残として
しかし、もともとフラワーホールは、花を差すために生まれた物ではありません。現在のシングルジャケットは、元々は学生服の詰め襟(軍服の立ち襟)のような格好で、第1ボタンまで留める形でした。
その後、詰め襟が現在のシャツ襟のように折り返され、さらに開襟(かいきん)しても着られる様になります。
そして開襟が前提で仕立てられる様になると、第1ボタンは対になるボタンホールのみを残し、無くなりました。この第1ボタンの名残が、フラワーホールと言うわけです。(そのため、シングルジャケットでは片側にのみフラワーホールがあります。)
現在の2ボタンジャケットに置き換えてみると、第1ボタンがフラワーホール、第2~3ボタンは消失しており、第4ボタンが一つ目のボタン、第5ボタンが飾りになっている2つめのボタンに該当します。
2.フラワーホールの役割
留め具としての役割を終えた第1ボタンは、第2~3ボタンと違い、その後も前述のフラワーホールとして、またそれ以外の役割として、存在し続けます。
徽章(バッジ)用
一番有名なのが議員バッジや社員章として、徽章(きしょう)を取り付ける穴としての役割でしょう。
最近ではIDカード式の社員証が普及して少なくなりましたが、歴史のある会社を中心に、まだまだ毎朝社員徽章をスーツのフラワーホールに付けている方もいらっしゃるのでは無いでしょうか。
ただ、必ずしもフラワーホールのみに徽章が取り付けられるわけでは無いようです。たとえば、アメリカ大統領の星条旗バッジはなぜかフラワーホールで留められていません。
オバマ大統領だけかと思い、ブッシュ前大統領の画像でも確認したのですが、同様でした。
元画像出典:www.defense.gov
何れも米国政府機関の公式画像からの引用(拡大加工は当サイト)ですが、ピンがフラワーホールに刺さっていないことが分かります。
大統領にはコーディネートを所管する専属担当者が居ますし、意図したものだと思います。式典や行事などでフラワーホールを使うことがあるのか、写真の構図としてホールの左下が良いのか……どうなんでしょうか。
ラペルピンや「ブートニエール」用
徽章はあくまで自身の所属を明らかにするためのものですが、こちらは装飾としての用途が主です。
ラペルピンは、ブローチのようなもので、襟元を華やかに飾るために使われます。水商売のイメージが強いので、会社に着けていくことはオススメしません(私は一つも持っていません)。
※ ラペルピンはボタンホールに差す場合の他に、ボタンホールの下の生地に直接穴をあけて差す場合もあるようです。
出典:スタイルイコール
もうひとつ、最近はやっているのが「ブートニエール」と呼ばれるラペルピンです。あるセレクトショップがイタリアブランドの「ブートニエール」を担ぎ、雑誌などで広めました。現在では色々なブランドから販売されています。
ブートニエール(仏語。英語だとブートニア、伊語だとブートニエーレ)は本来、結婚式で新郎が差す花のことですが、ファッション誌などではこちらのフェルトタイプを指すことが多くなりました。ジャケットのお洒落としては良いのかも知れません(広まりすぎたので、私は持っていません)。
ジャケットの「目」
個人的にはこれが一番大きな役割だと思っています。
上下の写真の違いが分かるでしょうか。 下の写真は上の写真にあるフラワーホールを画像処理で取り除いたものです。なんだかのっぺりとした印象に見えますよね。
スーツのジャケットでフラワーホールが目立たないと(とりわけ無地のスーツでホールが目立たない場合)、ジャケットの表情が乏しくなったように感じます。
見慣れているせいなのかも知れませんが、フラワーホールがくっきり目立つことで、スーツの表情が引き締まる様に思いますが、みなさんはどう感じますか? (ただし、チェック柄や起毛素材のジャケットでは余り影響がない様に思います。)
3.機械縫いのフラワーホール
続いて、手持ちのジャケットから、いくつかフラワーホールをご紹介したいと思います。
表情
似たような紺色の生地ですが、それぞれ作った工場が違います。使用したマシンや作り方が異なるため、フラワーホールの表情が全く異なるのが分かります。
フラワーホールの裏側です。機械縫製は、裏側がとても綺麗なのがわかります(裏側は見えない場所なので綺麗である必要が無いのですが……)。
穴
前項で挙げた3つのフラワーホールのうち、1番目は穴が開いておらず(写真無し)、2番目(上の写真)は右側が、3番目(下の写真)は真ん中が開いている仕様でした。
元来フラワーホールはボタンホールであり、従って全面で開いているのですが、機械縫製では開いていないか一部が開いている仕様であることが多いです(徽章の軸受けが小さい場合、こちらの方が脱落しなくて安全かも知れません)。
4.手縫いのフラワーホール
一方、ずば抜けて綺麗なのが手縫いのホールです。
表情
それぞれ違うテーラー(職人)のホールです。
共通しての特徴が、こんもり盛り上がっていると言う事でしょう。手縫いのホールは遠くからもそれと分かります。こうして比べてみると、縫った職人ごとに表情が違うのが面白いですよね……。
手縫いのホールにもう一つ特徴的なのが、裏側が汚いこと。見えない裏側を犠牲にして、表側を綺麗に見せていることが分かります。
穴
手縫いの場合、全面的に穴が開いていることが殆どです。もし花を差すのであれば、機械式より手縫いの方が綺麗に見えます。
5.まとめ
フラワーホールは――
- 本来第1ボタンのボタンホールだった
- もともとは本当に花を差していた(現在も結婚式ではブーケと対で差すことがある)
- 日本では社員章、議員章などの徽章類を差すことが多い
- ラペルピンや「ブートニエール」といった装飾に使われることもある
- 無くても機能的に差し支えないが、ジャケット全体として落ち着きが無くなる
- 機械縫製では工場/機械ごとに、手縫いでは職人ごとに個性が出る
- (好みに依るが)とくに手縫いが美しい
好みの問題ですが、私は手でかがった(縫った)フラワーホールが大好きです。
本稿ではジャケットの「目」という表現をしましたが、職人ごとに表情が全く異なり個性が出る部分で、工芸品としての見せ場に当たるからです(もちろん、生地やサイズ、シルエットが美しいことが前提ですが)。
一部のブランドでは機械縫製のジャケットにボタンホールだけ手でかがることもあるくらいで、それほど印象が変わります。また、ジャケットの直しを請けている店では、手でかがり直してくれる所もありますので、手軽に楽しむことも出来ます。
ジャケットの印象に深く作用するフラワーホールですが、皆さんはどんなものが好みですか?