スーツのディテールについて研究し始めると、
日本では以下の3つが非常に崇拝されていることが分かります。
・本切羽(本開きともいう)
・お台場仕立て
・ステッチ
今回は、本切羽(本開き)について、その由来や意義について考えたいと思います。
本切羽(本開き)とは何か
結論から言うと、本切羽とは「スーツの袖が、袖ボタンによって開閉できる仕様」です。
通常、ほとんどのスーツには、袖にボタンが存在しています。しかし、様々な理由(後述)から、ボタンは装飾として縫い付けられているだけで、実際に開閉用として使用しません。
本切羽でないスーツの袖
ボタンホールは糸で縫い付けただけの飾り
上の写真にあるように、穴かがり(ボタンホール)に似せたステッチの上に、ボタンが固定されています。この写真からは見えませんが、袖口自体も糸で縫い付けられています。
既製服のほとんどがこの様な仕様と言えます。
H28.06追記:この記事が書かれたH22年頃はこのような開き見せが既製服(吊し)の一般的な仕様でしたが、「本切羽=高級品」というマーケティング戦略もあって、吊しなのに本切羽というものも増えています。
なぜ既製服は本切羽(本開き)ではないのか
理由は以下の2つです。
- 袖丈の調整が出来なくなるから
- 穴かがり(ボタンホール)を穿つコストが高くなるから
袖丈の調整が出来なくなるから
一番大きな理由はこれです。
通常、既製(吊し)のスーツは、袖丈(肩から手首までの長さ)が長めに作られています。購入後、業者が購入者の袖丈の長さに変更するためです。
スーツの袖丈を変更する場合、袖口と肩口を調整する方法が有りますが、通常、肩口を調整する方法はほとんど行いません。
コストがかかる上に、シルエットが崩れて失敗することが非常に多いからです。従って、必然的に袖口を調整することになります。
しかし、袖口にボタンホールが穿たれていたらどうでしょうか?
いったんあけられた生地の穴(=ボタンホール穴)は変更できないので、ボタンホールと袖口が極端に短いか、或いは長いか、となってしまうわけです。
本切羽でない既製服の場合は、ボタンと、ボタンホールに似せて作られた縫い目を取り除いた上で、袖丈を調整し、再度縫い付け&ボタンホールの飾り付けを行います。
穴かがり(ボタンホール)を穿つコストが高くなるから
2つの目の理由は単純明快です。
生地に穴を開け、穴かがり(糸でボタンホールを縫い付ける作業)をしなければならないからです。
本切羽にしない場合、ボタンホールは単なる糸で作られた飾りですが、実際に穴かがりをするとなると、労力は倍以上です。(ミシンでも可能ですが、やはり労力はかかります)
本切羽の由来
袖口は昔から様々な装飾が施されてきました。おそらく、袖口のボタンもその一環です。昔は袖口にフリルがあしらわれていましたが、それが(スーツの原型である)軍服になると金モールと袖ボタンになったわけです。
# よく、「ナポレオンの軍隊が袖で鼻水を拭くのを防止するためにボタンをつけた」と言いますが、
# 定かではありません。
装飾だけならば、なぜ開けるようにしたのかが不明ですが、大きく2つの理由が考えられます。
- 開く必要があった
- そこにボタンがあったから
開く必要があった
長袖のワイシャツを着ており、暑いときにどうしますか?
勿論、脱いで半裸になりますよね袖をまくりますよね。そう、ボタンを外す必要があるのです。
でも、スーツを着ていたら通常はスーツを脱ぎますが、スーツの下がランニングシャツ1枚だとしたらどうでしょうか。
袖をまくるしかないのです。
もともと、シャツ(いわゆる日本で言うワイシャツ)は下着でした。つまり、ランニングシャツと同じです。
とにかく、シャツ一枚の姿をさらすことは、公の場では良くないこととされていました。暑いときの選択肢は2つで、ウェストコート(ベスト)を着るか、袖をまくるか、です。
暑いとき以外にも、手を洗うとき、医者が白衣を着るときなどが該当します。本切羽は、ドクターズスタイルなんていう言い方をしたりしますね。
そこにボタンがあったから
飾り切羽が先か、本切羽が先かは実は議論が分かれるところです。
女物のジャケットにあるように、最初はボタンだけしかついていなかったという考え方があるためです。(現在の礼装用軍服にも、金モールに飾りボタンという組み合わせが多いですね)
したがって、最初はボタンをつけていたけれど、穴かがりをしたら開閉できるようになるんじゃないか? と考えて本切羽になったという考え方も出来ます。
でも、わたしたちにとってのメリットとはなんでしょうか?
流石に、洗面所でいちいちボタンを外して手を洗ったりしませんし、白衣も着たときも恐らく腕まくりをしません。なぜなら、日本ではシャツ一枚でも問題ないとされているからです。
では、なぜビスポーク(オーダー)スーツの世界では、本切羽が信仰されているのでしょうか。次回はそこにあるメリットを考えていきたいと思います。