歴史・勉強

世界最大のプライベートバンクUBSが作った「炎上服装マニュアル」に学ぶ

投稿日:令和6年(2024) 9月1日 

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みなさんはスイスの名門企業、UBSをご存知でしょうか。

投資銀行として、そして世界最大のプライベートバンク(超富裕層向け財産管理業)として名をはせる、大企業です。

このUBSは10年ほど前、同社の従業員向け服装マニュアルを作成したところ、バッシングを受けて大炎上しました。

しかし、そのマニュアルはよく読むと当たり前のことや、我々が学ぶべき点が多く記載されているのです。

今回は、UBSの炎上服装マニュアルとはなんだったのか、何故炎上したのか、我々が学ぶべき点や気をつけるべき点はなにかをご紹介します。

1.UBSの「炎上服装マニュアル」とは

まずは簡単に、この服装マニュアルについてご紹介します。

この文書は平成22年(2010年)頃に発行され、正式名称は「UBS Corporate Wear Dress Guide for Women and Men(UBS コーポレートウェア ドレスガイド 男性及び女性用」)と言います。(邦訳は本稿執筆者による。)

本書の「コーポレートウェア」は、UBSの窓口で着用する制服の他、貸金庫警備員やリムジンサービス(まさに富裕層向け^^;)の従業員、そして内勤者のスーツまで、かなり広い概念になっています。

つまり、UBSで働く全従業員(6万人強)向けに書かれているのです。

私が入手したものはPDFファイルで、A5サイズ52ページ(本文44ページ)、全ページカラーでした。

※ 著作権の問題で実物は転載できませんが、冊子名でググると原本のPDFが今でも手に入ります。

なぜ炎上したのか

本書は何故炎上したのでしょうか?

いくつか理由はありましたが、「①指導が細かすぎる」「②政治的に正しい表現ではない」「③世間に公開した」という3点が原因であると考えます。

①指導が細かすぎる

ひとつめは指導が細かすぎる点です。

女性に対しては、化粧の方法から香水の付け方、マニキュアで避けるべき色をまでも規定し、また男性に対しては、毎月散髪すること、無精髭を避けること、など、かなり細かい指導がなされています。

アドバイスならまだしも、規定と受け取られかねない冊子ですので、そこで細かく指導されては窮屈に感じる、というわけです。(「どういう状態」ではなく、「どのように」を詳しく書いている点も影響しているでしょう。)

②政治的に正しい表現ではない

2つ目は、政治的に正しい表現ではない(ポリティカルコレクトネスではない)点です。

本書は、言語化されていない、ある種「規範」として存在していた「欧州における銀行員に相応しい格好」を可視化したとも言えます。同社が顧客とする保守的な超富裕層は、ほとんどがそういった古い規範を大事にするでしょうから、会社としては自由な服装されては困るのです。

しかしそういった考えは、欧州で近年政治的に正しいとされるようになった「リベラルな価値観」と全く合わなかったことが挙げられます。

「服装は、他人に迷惑を掛けない限り自由である」というリベラルな価値観は、「行員の服装は、銀行全体の信用にかかわるので、身だしなみかくあるべし」という古くからある保守的な価値観とは相容れないのです。

③世間に公開した

本書は、当時PDFで公開されたようです。(意図して公開したのか、意図せず公開されたのか調べきれませんでした。ご存知の方は是非コメント欄で教えてください。)

公開した(された?)ことで、「UBSは前時代的な規程を作った」と、マスコミやフェミニストといったリベラルな方々に叩かれる素地を作ってしまいました。

UBSが本書を作った目的は、機関投資家やプライベートバンクの顧客といった、保守的な方々への信用力を高めることでした。 外部に見せる必要は無かったのです。

 

2.どんなことが書いてあるのか

本書にはどの様なことが書かれているのでしょうか。

目次から抜粋すると

  • コーポレートウェアの哲学
  • なぜコーポレートウェアが必要なのか
  • 女性向けコーポレートウェア10選
  • 女性向けアクセサリー10選
  • 完璧なメイク方法
  • 男性向けスーツ(シャツ、ポロシャツ、靴、ソックスなど多数の項目に分けて解説)
  • 男性向けアクセサリー
  • スタイリッシュな身だしなみ方法
  • ビジネスエチケット
  • 衣服の手入れ方法
  • お客様の送迎方法
  • パーソナルスペースとは
  • さらに詳しく知りたい人向けの参考文献

などと、かなり多岐に亘ります。

これだけでも、市販のマニュアル本に匹敵する内容ですが、冗長な内容を省き要点のみ絞られているところも注目できます。

 

3.我々が読んで参考になる点

続いて、本書がどんな点で我々の参考になるのかご紹介します。

ポイントは2つで、目的から実務/実用面まで網羅されていること、及び欧州視点の保守的でベーシックな服装を学べること、です。

目的から実務/実用面まで網羅

一つ目は、服装に気を遣う目的から、実務/実用面まで幅広く網羅されているからです。

具体的には、「なぜ服装に気を使うべきか」という哲学・目的から始まり、男性女性ともかなり網羅性が高く、そして端的に必要な事が書かれていて参照性が高く、さらに実際の職務環境に即した内容で実用性に優れることです。

一部内容をご紹介します。

……The most valuable asset UBS has is its reputation. An integral factor in irreproachable behavior also includes the way we present ourselves. The employees who wear Corporate Wear are in most cases the initial contact our customers will have with UBS and as such will be viewed as representatives of UBS.……
UBSの最も貴重な資産は「評判」です。非の打ちどころのない行動の重要な要素には、私たちが自分自身をどう見せるかも含まれます。コーポレートウェアを着用する従業員は、ほとんどの場合、お客様とUBSが最初に接触する人物であり、UBSの代表者とみなされます。

…… Clothing – an important component in non-verbal communication……
衣服は非言語コミュニケーションの重要な要素です。

…… A well-groomed outward appearance and a polite and selfconfident approach to UBS customers by all those dressed in Corporate Wear will bring across our values and Group culture. ……
コーポレートウェアを身に付けた全員が、身だしなみを整え、UBSの顧客に対して礼儀正しく自信に満ちた態度で接することで、当社の価値観とグループ文化が伝わります。

―― UBS(2010)"UBS Corporate Wear Dress Guide for Women and Men" p.5 より抜粋。邦訳は本稿筆者による。

 

Ties General guidance
ネクタイの一般的なガイド

  • You must undo your tie completely each time you have worn it, and then either hang it up or coil it up loosely.  Change to a different tie every day so that the material has a chance to regain its shape.
    着用後は必ず完全に外し、吊すか緩く巻いて保管する。素材が元の形に戻るよう、毎日違うものに交換すること。
  • Stains are best dealt with by an expert. To tackle a stain satisfactorily it must be dealt with by the dry cleaners while still “fresh”. Instructions on cleaning the accessories are to be found in the manual.
    シミは専門家に任せるのが一番。古くならないうちにドライクリーニングが必要。附属品のクリーニングについてはマニュアルを参照すること。
  • Never try to wash or iron a tie yourself.
    ネクタイは自分で洗ったりアイロンを掛けない。
  • A tie-pin is now considered somewhat out-of-date; but for many people who wear one, a tie a pin is considered to be quite useful and smart – and if you decide to wear one, it must be in the lower third of the tie and be well hidden behind your buttoned jacket.
    タイバー/タイピンは時代遅れと見られがちだが、多くの人にとって便利なアイテムである。ネクタイの下1/3で留め、ジャケットの後ろに隠れるようにすると良い。
  • Never tuck the ends of your tie in the waist of your trousers.
    ネクタイの端はズボンのウェスト部分に押し込まないこと。

―― 前掲書 p.35 より抜粋。邦訳は本稿筆者による。

当時の報道を見ると、この冊子はUBSの経営陣が中心となって作成されたとのことです。かなり力を入れて書かれたことが分かります。

著作権の問題で難しいですが、これをネタとして記事を何本も書けるレベルです^^; (批評という形で、需要があれば続編を作り、面白い部分をご紹介できればとおもいます。)

日本でも、この冊子レベルのものをおおっぴらに企業内で配布したら、Xで炎上しそうです。

しかし、たとえば新入社員が独自にこの冊子で書かれている内容を実践したら、同期から頭1つどころか2つ3つ飛び出た、マナーの分かる男(女)が出来上がる気がします。

欧州視点の、保守的でベーシックな服装を学べる

そして、もう一つが欧州視点の、保守的でベーシックな服装を学べる点です。

日本の本やネットで流通している服装マナーについては、創作マナーや日本独自マナーが含まれていることが多くあります。しかし、本書は欧州のエスタブリッシュメント層にウケるよう作られていて、その点では大変レアで良いです。

特に、欧州の言語化されていない(政治的に非難されるので言語化できない)ルールを、実践的に学べるという点においては、海外勤務が想定される方にとってはオススメできる1冊です^^;

欧州も米国も、都会の一部の層は進歩的で声は大きいのですが(ネットで露出する部分)、その他の大多数は保守的ですからね……。

 

4.本書を扱う上で気をつけるべき点

ただ、手放しに本書を賛美することは推奨できません。

理由は先述の「なぜ炎上したのか」のとおりで、指導が細かすぎたり、その内容を規定として押しつけた(ように見える)からです。

従って、本書に類する内容を日本語で作成し、服装マニュアルとしてそのまま社内に適用するのはオススメしません^^;

本サイトでも常々申しあげているとおり、本来ファッションは、(他人に迷惑を掛けない範囲において)個人の自由であり、好きなものを好きなときに着るべきです。

その上で、どういう装いや立ち居振る舞いをすれば、顧客や同僚から評価されやすくなるのか、自分をどの様にブランディングしていきたいのかといった、実用面やポリシー面を考慮した制約なりルールなりを、自ら課してく必要があるからです。

「どんな服装が顧客から評価されやすいか」という点を企業側や管理職側がアドバイスしたくなりますが、せめてそういったシーンや研修は選択科目制にするとか、自発的に社員が学び、自ら選ばせる工夫が今の時代は必要なのだと思います。

 

5.おわりに

今回は、スイスの投資銀行にして世界最大のプライベートバンクであるUBSが作成/配布した服装マニュアルとは何か、何故炎上したか、そして我々は何を学べるかを考えてみました。

大変面白いマニュアルなので、需要があれば続編を作り、今後中身を少しご紹介したいと思います。

 

なお、私の勤務先にも服装規程はありますが、「シャツは襟付きであればよい」とか「お客様の不快にならないこと」などかなり抽象度/自由度が高くなっています。

みなさんの職場は如何でしょうか? 宜しければコメントをお願いします。

 

 

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