ここ数年、モゥブレィやサフィールクレム1925といった人気の靴クリームに追いつき、そして追い越していきそうなくらい人気が出てきた「イングリッシュギルド ビーズリッチクリーム」。
そんな、イングリッシュギルドの靴クリームに、油性のワックスがあることはご存知でしょうか?(少なくとも、ネット上でのレビューを余り見かけません……。)
今回は、イングリッシュギルド ビーズミラーワックスを実際に購入して、その使用感を確かめてみることにしました。また、靴磨きの経験が浅い方向けに、靴磨きにおけるワックスの役割や、乳化性クリーム(靴クリーム)とワックスとの違いについても、おさらいしてみようと思います。
※ 黒色と茶色でかなり性質が違うことが判明したため、2週に分けてお送りします……。
1.(おさらい)乳化性クリームとワックスの違い
※ 初学者向けの項目で、ご存知の方は読み飛ばして下さい。
保革と化粧のバランス
靴磨きの目的は、大きく分けて次の2つだと考えます。
- 永く使えるように、靴の革をしなやかに保つ →保革
- 見た目が美しくなるように、外観を綺麗に保つ →化粧
「保革」に使われるのが、革をしなやかに保つことに欠かせない油分と水分です。これを主眼に置いたのが乳化性クリームで、これのみを目的としたデリケートクリームもあります。
そして、「化粧」に使われるのが、補色のための色素(顔料や染料など)と、表面を滑らかにして光沢を出すためのロウ分です。ワックスに多く入っています。
つまり、保革のための材料と、化粧のための材料の配分の違いが、乳化性クリームとワックスのおおまかな違いの一つです。
通常は乳化性クリーム→ワックスの順
通常は、保革をしてから化粧をします。人間の化粧(保湿→化粧)と同じですね。
従って、乳化性クリームで保革及び軽い化粧を済ませた後、ワックスで艶や光沢を出すことになります。
乳化性クリームの化粧成分の量によっては、またその靴をどのくらい輝かせたいかによっては、乳化性クリームによる手入れのみでも、十分な場合もあります。
乳化性クリームとワックスの見分け方
全てに当てはまるわけではありませんが、ビン入りで内容物が軟らかいものは保革を重視したクリーム、今回取り上げる缶入りのものは化粧を重視したワックスと考えてよいでしょう。
ただし、サフィールノワール クレム1925や、コルドヌリアングレーズのような、油性のワックスを軟らかくした(水分があまり入っていない)、乳化性クリームに分類できない製品もあるため、難しい所ですが、何れも保革を重視した製品であるとは言えます。
2.「イングリッシュギルド」シリーズとは
イングリッシュギルドシリーズは、モゥブレィで有名なR&Dが販売している、シューケアブランドです。
現在のところ、「ビーズリッチクリーム」、このクリームを塗るための「スプレッドブラシ」、そして今回取り上げる「ビーズミラーワックス」の3製品が販売されているようです。(名前の通り、ビーズワックス――蜜蝋(みつろう)が入った製品で、独特の甘い香りも特徴です。)
ビーズリッチクリームは、昨年のベストバイ第1位にも挙げたとおり、塗りやすく綺麗な光沢が出るうえ、塗り重ねても透明感を失わず綺麗、というとても良い製品です(但し、水には弱いので注意)。
ビーズリッチクリームは以前から使っていましたが、姉妹品ともいえる缶入りのワックスはその存在を知っていたものの、使ったことはありませんでした。また、これを紹介する記事やレビューもあまりなく、どんな物なんだろう? と思っていたところ、どうせなら人柱レビューにしてしまえ、ということで今回に至りました。
なお、「ノーザンプトン発、イギリスでシューケアブランドの伝統的なレシピを受け継いできたブランド」という販売元の触れ込みですが、違う名前で販売されているのか、ukドメインのサイトに限定して製品名を検索すると殆ど引っかかりません……。
3.外観レビュー
今回購入したのは黒色(BLACK)と茶色(MID TAN;茶褐色)です。
1個税抜き1,500円で50mlと、普通の缶入りワックスに比べると少々割高です。
冒頭に少し書きましたが、黒色と茶色で大分性質の違う製品なので、本稿ではまず黒色についてご紹介します。
成分表示
動物性のビーズワックスを使ってはいるものの、缶入り油性ワックスに多い、植物性ロウ分(カルナバ蝋)も使用しているようです。(成分表示の通例に従うと、カルナバ蝋の方が多い?)
開封
フタを開けるとまず飛び込んできたのが「天然のロウ成分を配合していますので、特性上白いロウの結晶が表面に浮き出てくることがあります。」のシール。
品質には問題無いとのことですが、今回の個体にはそのような状況はありませんでした。
びっくりしたのはそのシールを取った時。一般的な缶入りの油性ワックスとは異なり、かなり軟らかいのです。(コロニルの缶入りワックスも軟らかいですが、それ以上です。)
指ですくうと、この様に簡単に変形します。まるでクリームです。
そして、缶の下部には、室温15度~25度で保存しないと変質したり溶けたりするという注意書きが……^^;
常時空調が入っているところ(それでも夏季の「室温28度」には非対応)に置いておくほか無いですが、結構要件が厳しいですね。
青色成分が多め?
ビーズリッチクリームもそうでしたが、青い色素が結構入っているように見受けられます。
敢えて黒色の靴に濃紺の靴クリームを塗ることで、靴に透明感が出てくることがあります。絵画で陰に黒色を使うとくすむため紺色を使う事がありますが、それと同じ原理かもしれませんね。
4.使用感レビュー
実際の手入れにつかってみる
今回はこちらの靴を使い、実際に手入れの中に取り入れることでレビューしてみます。
ホコリを払う
まずは、左側の靴を磨いていきます。はじめに、馬毛ブラシでホコリや汚れをサッと落とします。
ビーズリッチクリームを塗る
次に、乳化性クリームで保革(と若干の化粧)をします。ビーズリッチクリームを塗ったのが上記写真です。
豚毛のブラシで磨く
2~3分放置した後、豚毛のブラシで軽くブラッシングします。これだけでもかなり光沢が出てきます。さすがビーズリッチクリーム。
フラッシュを強めに当てるとよく分かります。
いよいよビーズワックスを塗る
そして、ビーズワックスを塗っていきます。今回は、つま先のみ磨くことにします。
塗った後の状況がこの写真です。
少し水を垂らして磨いたのがこちら。
別角度から。上品な光沢ですが、正直、かなり軟らかいワックス(とういより、もはやクリーム)のため、塗り重ねによって光沢感を出す手法はとりづらい様に感じます。
布での塗布を試みる
ワックスに油分が多いと言うことで、布で塗布し、磨くとどうなるのか、右側の靴を使って見てみます。
磨き終わり。
左右の比較。写真では分かりづらいですが、若干布で塗布した方が、光沢が強く出ました。
いずれの方法にせよ、油分(つまり溶剤)によって、下に塗ったワックスをとかしてしまうように思います。
利用してみての感想
正直、缶入りワックスというより、ビン入りの靴クリームに近い感覚です。柔らかさも、開けたてのコルドヌリアングレーズやクレム1925に近いと感じました。
これを用いて強い光沢(いわゆる鏡面磨きなど)を出すのは、結構難しいと思います。某靴磨き名人のように、ティッシュペーパーを用い溶剤を吸い取りつつ塗り重ねるか、フタを開けたまま放置して硬くするといった強硬手段が必要になると思います。
ただし、クリームの伸びは良いので薄く広く光沢を追加できるというメリットはありそうです。
ビーズリッチクリームに加えて、あと少しだけ光沢を出したい時や、本品単体で靴の手入れをするのには向いていると思います。
鏡面磨きをしたい場合は、定番のキィウイや、光るまでの早さがダントツなトラディショナルワックスの方がオススメです。
5.まとめ
イングリッシュギルド・ビーズワックスは、モゥブレィで有名なR&Dが販売している革靴用油性ワックス。同ブランドのビーズリッチクリーム(乳化性クリーム)は、保革と化粧のバランスが良く、簡単に綺麗な光沢が出るため、これまで多用してきたところ、今回その姉妹品であるビーズワックスをレビューしてみることにしました。
実際に使ってみると、かなり軟らかく、強い光沢を出すのには不向きでした。そのため、塗り重ねて光沢を出すというよりは、少し光沢を追加したいときや、薄く広く光沢を出したい場合には重宝すると感じました。
色は、透明感のある紺寄りの黒で、綺麗です。
買いかどうか
1缶1,500円はすこし割高。色はとてもきれいですが、「光らせたい」という目的においては不向きだと感じました。
ビーズリッチクリーム的な、紺が混ざった綺麗な色の油性靴墨を、コルドヌリアングレーズやクレム1925的に使いたい、という場合には良いかも知れません。(そのほか、雨が弱点のビーズリッチクリームと違い、雨天時には良いかも知れませんね。)
個人的には、同じR&Dから出ているトラディショナルワックスを部分的に使う方法を置き換えるまでには至らず、ビーズリッチクリームで保革と光沢出しを、トラディショナルワックスで光沢を、という組み合わせを継続したいと思います。
実は茶色と性質が違う……?
今回のレビュー、本来であれば茶色と一緒に行う予定でした。
しかし、茶色の性質が黒色と全く(180度違う)ものであったり、レビュー中に製品の性質を原因とするトラブルが発生したりと、いろいろと面白いことになったので次週お送りします。
※ ということで、本稿のレビューを見て、茶色を購入を判断してはいけない、ということです。
つづきは、次回のお楽しみ、ということで……^^;
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