皆様、あけましておめでとうございます。
新年1本目を飾る記事は、昨年実施したネクタイに関する記事のアンケート結果にしようと考えていました。
しかし、年末に知人の女性に薦められて読んだ漫画が、思った以上の衝撃だったので、「年始休暇向け暇つぶし情報」ということで急遽差し替えることにしました。
当初、たかが漫画、それも少女漫画だとバカにしていたのですが……。
1.書籍情報
- 著者:iko
- 書籍名:『テラモリ』(現在5巻まで刊行中)
- 出版社:小学館
- 出版年:2015年~
- 価格:552円(税抜)
※ 元々はWEB漫画だったものが、評判になって書籍化されたとのことです
2.『テラモリ』ってなに?
元店員の漫画家が、女性目線で男のスーツスタイルを描く
絵柄は完全に少女漫画です。そして中身も、主人公の女の子を複数の格好良い男性が囲むという、まさにコテコテの少女漫画です。
しかし特徴的なのは、テーラーを舞台としていることはもちろん、著者自身がテーラー勤務の経験がありディテールがやたら細かいこと。さらに、少女漫画的要素無視で展開されるスーツやアパレル店舗ネタのオンパレードがすさまじいことです……^^;。
よくある、服に詳しい原作者がいて、漫画家が「服の勉強大変です!」と巻末に書いているタイプの漫画でも、テーラーを舞台に男女の恋愛模様を中心に描いた漫画でも、単なるファッション指南本でもありません。
「服に詳しい漫画家が、女性目線で男のスーツスタイルを少女漫画で描く」という、これまでに無いスタイルの漫画といえます。
ストーリーの概要
かなり簡単にまとめると、ゲームオタクな20歳の女子大生(主人公)が、人気のテーラー(セレクトショップに近い)でアルバイトをするなかで、個性豊かな先輩達と様々な経験を積んでいく――というものです。
スーツスタイル、商品、接客、陳列など、素人の主人公が(読者と一緒に)学びながら、徐々に成長していくところが大きな魅力です。……これだけだと、とても少女漫画に見えないですね。
テラモリ=テーラー森
ちなみに、題名の「テラモリ」は「テラ盛り」ではなく、「テーラー森」の略だそうで。
売る気あるのかという題名ですが、結構売れているようです(購買層は気になるところですが)。
3.ここが面白い1:スーツスタイルの基本が面白おかしく分かる
続いて、どういう所が面白いのか、本文から一部引用しながらご紹介したいと思います。
漢(おとこ)は黙ってグッドイヤー!
▲ iko(2015)『テラモリ』第1巻、小学館、p.139より引用
「漢(おとこ)は黙ってグッドイヤー!」この台詞は、靴の種類について、主人公の先輩たちが熱く語る場面の一節です。思わず、吹き出してしまいました。
とても少女漫画の台詞とは思えません。しかし、私が後輩に「どんな靴が良いですか?」と聞かれたら、同じ台詞を発することでしょう。
註:グッドイヤーとは、グッドイヤーウエルテッド製法のこと(マッケイはそのままマッケイ製法)。いわゆる「本格靴」の代表的な製法。逆に言うと、グッドイヤーウエルテッド製法の靴を選んでおけば、ハズレが少ないといわれていることから、この台詞が出た物と思われる。この辺りの解説も、本文ではかなり細かくされているので、必見。
基本的な部分も押さえている
▲ iko(2015)『テラモリ』第1巻、小学館、p.49より引用
主人公は、店員として客の服選びを手伝うわけですが、フィッティングやコーディネートについてもイチから勉強することになります。
そのため、オタッキーな部分以外にも、本当に基本のキから、服選びについて楽しく学ぶことが出来ます。
4.ここが面白い2:描写が正確
これまでも、スーツスタイルやテーラーを題材にした漫画が無いわけではありません。
しかし、多くが、服にはあまり興味の無かった漫画家が、原作者や監修者のストーリーや手助けをもとに描く場合が多いように思います。そのため、絵にどことなく違和感があったり、現実離れしていたりするパターンがありました。
▲ iko(2015)『テラモリ』第1巻、小学館、p.48より引用
こののシーンですが、シャツのボタンが千鳥掛け(鳥足形にボタンが付けられている)になっています。本題と関係の無いところでも、描写が細かいのです。
また、登場人物たちが着ているスーツも、毎話異なる洒落たデザインなのも面白いです。ヘリンボーンやペイズリーのスクリーントーンなんてどこに売っているんだ? それとも描き込んでいるの? と、とても不思議になります。
▲ iko(2015)『テラモリ』第1巻、小学館、p.136より引用
こちらはグッドイヤーウエルテッド製法についての説明。妙に解説が丁寧だとおもったら、巻末に「取材協力 ユニオンワークス」って^^;
作者自身の知識も豊富ですが、専門的な部分は取材をしているようで、その正確性に驚きます。
なお、何度も書きますが、この漫画は少女漫画です。はい。
5.ここが面白い3:現実に即した考察
ファッション書籍(特に西欧ファッション原理主義)の「~しなければならない」系の話は、日本のスーツファッション事情と乖離することがあり、困惑した経験がある方もいるのではないでしょうか。
日本人は、クリスマスやバレンタインデーといったように、海外の文化を(時に原形をとどめないほどに)アレンジするのが得意な民族です。
そのため、スーツについても世界の常識と、日本の常識では、異なることが多々あります。しかしスーツは欧州の文化ですから、出来れば欧洲の常識に則って着たい所。しかし、サラリーマンにとっては難しい時もあります。
▲ iko(2015)『テラモリ』第2巻、小学館、p.90より引用
上の画像は、「タイクリップ(ネクタイピン)の着用」や「着席時にジャケットのフロントボタンを外す」という行為やマナーが、日本では生意気に捉えられることがあるので、新卒の就活では注意すること、というくだりです。
このポイントは、「~ならない」系のノウハウ本にはあまり書かれないホンネの部分で、正直ここまで攻めてくるとは思いませんでした。
大事なのはファッションのハズシと同じで、「本則としてはこれ」「だけど、現実にはこの様に使われている」と、本則を理解した上での順応だと思います。作中では、基本的に本則と現実を両建てで書かれており、好感が持てます。
なお、こうした「本則」と「現実」との乖離については他にも沢山あり、また大変面白いネタなので、本サイトでも別途記事として取り上げようと考えています。
6.ここが面白い4:売る側の考えが分かる
アパレルとは無縁の業界で働く私にとって、一番勉強になったのはこの部分です。
▲ iko(2015)『テラモリ』第1巻、小学館、p.180より引用
上の画像は、店舗のVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)を説明しているシーンです。意味などググれば簡単に出てくる時代ですが、上記は極めて分かりやすく、面白い描写です。
そのほか、仕入れ、セールなどのかき入れ時対応、陳列、売り上げノルマ等々、一般には分からない店舗/店員側の事情を垣間見ることが出来ます。
普段私たちに接する店員が、どの様な状況に置かれ、どのような事を考えているのかを、少し理解することが出来ました。
こんな時は接客掛け持ちになりそうだなとか、この店はどういうスタイルを基本に提案してくれるのかな、等、店と店員を知ることで、より楽しく有意義な買い物が出来ると思います。
即日配達&返品交換可のネット通販が整備されてきた現在、実店舗の存在意義は唯一、的確なアドバイスをしてくれる優秀な店員にある、といっても過言ではありません。これは、スーツ、靴、時計、そして吊し、オーダーであろうと、同じ事だと思います。
もちろん、「売らんかな」一辺倒の店員は困りものですが、私たちも(見極めは必要ですが)店員は売ることしか考えていないとレッテルを貼らず、良きアドバイザーとして活用することが、賢い選択なのでは無いでしょうか。
7.総評
こんな人にお勧め
- 就活生、新入社員
→ 物語の中に、実際に就活生や新入社員が出てきてアドバイスを受けるシーンがありますが、かなり現実に即したアドバイスが展開されています。 - 服/靴好き
→ 思わずニヤリとしてしまう描写が多数。読み終わったら友人にテラモリを貸して、布教活動に使いましょう。 - パートナーに高い服/高い靴を買う意義を理解して欲しい男性
→ 高いのにはワケがある。高品質である必然性がある。そんな考えを主人公が理解していく過程を、パートナーに追体験して貰いましょう。 - 「男のスーツ」の世界を知りたい女性
→ スーツ好きの女性が増えていると聞きます[要出典]。スーツ指南本では飽きますが、この本なら大丈夫です(多分)。
テラモリは本項執筆時点で5巻までが発売されており、まだ完結していません。
今回は一気に5巻までを読んだのですが、スーツや靴、アパレル系のコアな話は1巻が一番多く、次いで3巻、2巻と続きます。
4~5巻もまぁまぁ出てくるのですが、店員同士の人間関係や恋愛模様などが中心になっているような印象です。
ツベコベ言わずに1~5巻のまとめ買いがオススメではありますが、絵やストーリーが肌に合うか心配な方は、とりあえず1巻か、または1~3巻を買ってみるのをお薦めします。
こんな話題が欲しい
実は、まだオーダーに関するネタが出てきていないので、登場させて欲しいですね。(「パターンオーダーとフルオーダーの違い」というシーンはありましたが。)
主人公が勤務する店舗では、2階がオーダーサロンという設定になっているようです。ネタとして作者か隠し持っているのか、売り上げが落ちるからと編集者に止められているのか分かりませんが、是非とも見てみたいシーンです。
あとは、製品企画や設計、そして製造といった、裏側(個人的には表側だと思うのですが)の仕事も題材として見てみたいですね。主人公が学生アルバイトなのでどこまで出来るか、というところは有りますが……。
年始休暇は残り僅かですが、本記事を読んで面白そうだと思った方は、是非読んでみて下さい。
新年早々、ユルい話題で大変恐縮ですが、本年もどうぞよろしくお願いします。