先日、「麻布テーラー」や「テーラーフィールズ」を運営するメルボ紳士服の親会社が、「洋服の青山」や「ザ・スーツカンパニー」を運営する青山商事に買収されたというニュースが発表されました。
既製服を主力事業としてきた青山商事は、近年の既製スーツ需要減によって、オーダースーツ事業の育成を重点施策として掲げており、今年3月期にオーダースーツの売上は対前々年比312%、前年比220%増という伸びを見せていました(同社決算資料より。)。今回の買収は、オーダースーツへの転換という動きの中で、ブランド力やノウハウを強化する目的があったのだと思います。
そこで疑問に思ったのが、実際どの程度既製服のスーツが売れなくなっているのか、ということです。体感や風聞では「売れていないだろうな……」と思っていましたが、今回は実際の数字を確かめ、どんな原因があったのか、今後どうなるのかを考察してみます。
1. 「スーツ輸入量1/3」の衝撃
既製服の国内販売数については、長期でのデータが無かったため、政府貿易統計のスーツ輸入量のデータを使うことにしました。(ビジネス向けのスーツはほとんどが海外縫製のため、大部分がこれに計上されていると想定されます。)
その結果、最新データの令和3年では、10年前(平成23年)と比較して、およそ1/3に数量が激減していることが分かりました。
しかも、急激な落ち込みは直近2~3数年で、かなり衝撃的なデータです。(乱暴な推計ではありますが)3人に2人はスーツを買わなくなった計算です。
2. 当初は影響が少なかったクールビズ
私は当初、一番の原因はクールビズだと考えていましたが、実際はそれだけではないようです。
先ほどのグラフに、クールビズ関連の出来事をマッピングしたのが次の画像です。
クールビズが流行語大賞となった平成17年(2005年)の翌年、スーツの輸入量は一旦落ち込みますが、その後すぐ回復しています。
福島原発事故のあった平成23年(2011年)の翌年に、「スーパークールビズ」も提唱されますが、実際には年間1千万着前後の輸入量で推移していて、すぐに影響は現れなかったことが分かります。
3.消費税の増税、戻らなかった反動減
次に注目したのは、1千万着のラインを大きく割った平成27年(2015年)と、8百万着ラインを割った31年(2019年)です。
実は、この2つの年に共通するのは、消費税の増税でした。
両年の前年までは、緩やかに輸入量が増えていましたが、これは増税を控えたいわゆる「駆け込み需要」でした。
そして、「(増税と同時にガクンと落ちる)反動減から元に戻らず」というパターン2回繰り返しながら、5年間で一気に2割も数量を落としてしまったのです。
消費税の”お金を使うと罰金”とはよく言ったもので、消費増税がいかに大きな影響を与えていたかが分かります。
4.COVID-19がとどめを刺す
そして令和2年(2020年)と3年(2021年)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、状況は決定的になります。
10年前は1千万着で推移していたスーツの輸入量は、昨年(令和3年)に380万着と、約1/3にまで激減してしまったのです。
クールビズと福島原発事故による電力不足によって下地が出来、2度の消費増税で拍車がかかり、そしてCOVID-19でとどめを刺された形です。
5.オーダースーツに活路はあるか
冒頭の話に戻りましょう。
青山商事が掲げる今期売上計画1,730億円のうち、ビジネスウェアは1,200億円と約7割を占めます。(前掲の決算資料より。)
一方、国内のオーダースーツ市場規模は全体で500億円程度と言われていますから、オーダースーツだけで何とかしようというのは市場規模が小さすぎます。
オーダースーツ好きとしては悲しいですが、現時点ではオーダースーツのみでスーツ業界全体に活路を見出すのは難しい様に感じます。
6.ジャケットに活路はあるか
そこまで減らなかったジャケパンスタイル
一方で、面白いデータもあります。それは、ジャケットの輸入数量は、スーツほどの落ち込みを見せていない、ということです。
ジャケットの輸入量は、クールビズが流行語大賞となった平成17年、約1千3百万着の頂点を境に8百万着程度まで一気に落ちていますが、元々の水準(平成14年時点の水準)に戻っただけとも言えます。
そして、スーツでは大きな落ち込みを見せている電力不足、2度の消費増税にも負けていません。
さすがに、コロナ影響では6百万着を割り込みましたが、スーツほどの激減はありません。そして、元々スーツの8割程度でしかなかったジャケットの輸入量が、スーツに対して逆転した形になりました。
実際に私もジャケパンばかり
自身の購買動向はどうなのかと振り返ってみましたが、確かに5年位前からジャケパンを作ることが多くなり、ここ1~2年はほぼジャケパンオンリーです。
というのも、会社に行くことや、スーツを着ることは少なくなりましたが、休日にオシャレをして外出したり、ちょっとだけ出社したりする際に、ジャケパンはかなり便利なんですよね。
スーツにノーネクタイはだらしなく見えますが、ジャケパンならきっちり見えますし、インナーもシャツである必要は無く、タートルネックやボタンダウンのポロシャツでもサマになります。
活路はジャケパンにあり?
一方で、ジャケパンにはまだまだ馴染みない方も多いのでは無いかと思います。
スーツは、成人式や冠婚葬祭、そして会社など、なかば強制的に着る機会が多い一方、ジャケパンはあえて自分で着ようと思わないと着る機会が無いからです。
ジャケパンのメリットは、スーツとカジュアル服の良いとこ取りができるところ。そこまで堅苦しくなく、休日に着ていても「仕事ですか?」という感じにもなりません。そして、スーツ同様、ある程度ルールを守るだけでサマになる点もポイントです。
ジャケパンにおしゃれ着として今後より注目が集まり、そこにスーツ業界の活路があるのでは無いかと思いますが、みなさんはどう思いますか?(個人的な願望を多分に含みますが^^;)
そして確実に進む、スーツの礼服化
一方スーツは、冠婚葬祭、重要な商談や謝罪……などという、非日常でのシーンが多くなるのだと思いますし、実際今回のデータ(スーツの急減、ジャケットの微減、両者の数量逆転)からそうなっていることが類推できます。
来るべき時――スーツの礼服化――は、確実に進んでいるのだと思います。
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みなさんはスーツ派ですか? ジャケパン派ですか?
私はスーツ派でしたが、確実にジャケパンの日が増えているように感じます。(といっても、スーツ好きは変わりませんが。)
宜しければ、コメント欄から皆さんの状況をお聞かせ下さい。